2009-11-08

14時間900kmの旅 六文銭'09 in 佐野

民主党のマニフェストの目玉、高速料金無料化の雲行きが怪しくなってきたけど、自民党の最後のあがきでこの政策をパクった高速1000円で最近のライブ行脚が変わってきた。

4月、1000円化早々に日光まで片道600kmでスタート。この時はカミさんが日光に行きたいと言ったのを幸いに宿を取ったけど、基本的にライブが終わるのが10時前後、アフターライブがあったりすると宿と言ってもただ眠るだけになる。お酒さえ我慢できればそのまま帰れるクルマが便利ということで,歳を顧みない?長距離日帰りドライブが当たり前になってきた。

4月以降、日光、福井、新中野(片道)、六本木、飯田、静岡と行ったことになる。そして今回は最近地方遠征が続く六文銭'09を追いかけて栃木県の佐野市へ出かけることになった。

本来ならライブレポ中心にとなるところだが、この地でも写真撮影は写真班に限られているのでライブ中の写真はないので,前後のドライブレポとからめてお伝えすることにしよう。

今回の足は親父用に購入した1500ccのクルマ。日曜日の朝8時に喫茶店に出かけるのが日課になっているのでそれまでには返還しなくてはならない。行程は高速道路をつないで450km/往復900kmとなる。

ナビのデータを9月に09版に更新したばかりだが、今回のテーマでもある高速1000円を最大限に活用するためには、ナビのルート検索もメニューを考えなくてはならない(実はネットのルート検索は既に対応しているが)、今回もナビの推奨ルートでは東名から首都高経由の東北道となるがこれでは1000円にならない(大都市圏、首都高は別体系)、さらに今後の民主党政策では路線によっての無料化や割引率を変えた変則的組み合わせになる予定なので、これに対応したプログラムにしなければハイエンドのナビソフトとはならないな?と思う。

いつにも増して前置が長い(反省)
さてPM1:00に出発。まずは名神/東名経由で中央道へ、ナビでは予想到着時間が7時半になっている。まあ、個人的には6時には着く予定なのでナビソフトとの競争になるな。とにかく距離を稼ごう。
200kmを越えたところで最初の休息地,長野道の梓川SAへ。
40353080_3283351396 40353080_2396472347

40353080_1923195359 40353080_1447517062

すでに夕闇が近づきつつある梓川SAは名のとおり脇を梓川が流れ、北アルプスを仰ぐことができる絶好のロケーション。距離的には224kmで丁度中間点になる。

渋滞もなく、長野道から上越道、関越道、北関東道・桐生太田ICを出た時にはすっかり陽は落ちた5時過ぎ。ここからは約20kmは一般道を進む。ナビより正確?な私の勘ナビどおり6時には到着するだろう。

さすがの国道50号は夕方ということで少し混んでいたが給油をしたにもかかわらず予定どおり佐野市街へ。・・がナビでは市街のはずだけど土曜の夜にもかかわらず淋しく暗い。佐野は日光の帰りに寄ったアウトレットのイメージがあって、とにかくデカく、人混がすごいという印象があったので、そのギャップが大きすぎる!
佐野駅前のみがやや明るいが、果たして・・ほどなく今日の会場である"ダイニングバー ケン"へ到着。場所を確認してまずは佐野ラーメンで腹ごなしでも。しかし、暗い市街で佐野ラーメンのお店がなかなかみつからない・・
40353080_1131551027 40353080_2127209535
※会場のDining Bar KEN そしてやっと見つけた佐野ラーメンのお店

さて、いよいよ会場へ。
会場の入り口でポスターの写真を撮っていたら、Uさんに声をかけられた。今日の写真班とのこと。なぜかこへさんも外で待機されていた。ご挨拶をして中へ、すでに会場は満席状態。右端後寄りの通路側を確保した。
40353080_2764553404

今日はオープニングアクトは井上ともやすさん。あることで有名な方だが、今年5月には石橋楽器でこへさんとの対談がYouTubeにアップされている。

はじめに結論めいたことを書けば、前回レポの静岡でも感じたが、最早六文銭'09のライブは音楽の域を越えている。日本の伝統芸能の伝承とも言える変幻自在に"場"と"オーディエンス"に合わせシナリオ/演出がどんどん変化していく醍醐味、正に五感で味わうライブであることを再認識させられた。
大きな会場ならそれに合わせ、オーディエンスの認知度、熟成度に合わせ、かと言って決して擦り寄ったり、おもねたりするのではなく、もともとのパフォーマンスをいろいろな形で披露していただける。その意味でも、見続けることになんら戸惑いはなく、思わず"そうきたか?"”へ~、そんな手法もあったのか”といつも新鮮に感じ取ることができる。
その意味でも、小室さんにもお願いしたのだけれど、是非ともこのパフォーマンスを音源だけでなく、映像というかMCまで含めたライブ盤として残して欲しいと思わざるを得ない。

話がそれるが、MJの死去で一躍時の人になった西寺郷太さんじゃないが、いつか六文銭の語り部として、そのすばらしさをより多くの方に伝えることができるといいなと思う・・(無論、この記事もそんな風に役立てばと思ってはいるけれど)

さて、本題へ。プログラムではオープニングアクトとしての井上さんだったが、実際には45分、六文銭'09と2本立のようだ。
8時から登場した六文銭'09は1部構成。多分、いつもより何曲かは少なくなる予感が。

小室さんの軽妙なオープニングトークは夕食のお蕎麦の話から。そのおいしさと量の多さに食べ過ぎたと。突然、聞き慣れたイントロが響く"無題"。するとこへさんに続き小室さんも、そしてそれにつられるようにおけいさん、ゆいさんもステージ前に降りてくる。PA関係無しの生音、生歌でライブがスタートした。
そのまま、こへさんをステージ下に残して"雨が空から降れば"。この歌、当然こへさんメインの歌だがPA無しでなんと私の真横まで歌いながら歩いてきた。この時点でアナログのサラウンドライブとなっている。

続けざまにこへさんもステージに戻って”夏・二人で"が完成されたハーモニーで流れ、その軽やかさをぶち壊すように,再び全員がステージ下に降りて"ゲンシバクダンのうた"体全体で表現するように歌う。

ようやく、ここで曲紹介。放送禁止歌の定義をやりとりしながら、"こっちの方が時代を考えたらよっぽど過激だ"と話ながら"サーカス"を。
いつもの小室さんとこへさんのキーの探り合い、かけひきを経て"街と飛行船"へと続いていく。前にも書いたけど,完全に昔のテンポに戻っているような、それでいてゆいさんが加わってますます厚みのでたハーモニーが魅力的な歌だ。

さらにたたみかけるように、こへさんがステージを降りて"面影橋から"を再び私の真横まで歩きながら熱唱する。すると小室さんまでこへさんを追いかけるように降りてきた。もはや、六文銭'09にステージやPAは不要なのかも知れない。あるいは会場全体がひとつのステージなのか?

ここでまた一息、曲の紹介と、小室さんが思わず"俺たち、これで流しができるよな!"で会場大爆笑。

おけいさんがMCを受け取って曲紹介を。すかさずこへさんがおとのばと初恋を掲げる。こへさんは"おけいらしい初恋のイメージで"と語った"初恋"を。
ちょっとしたハプニングは小室さんんもCDの中の"シアワセになれる天才"を気に入られたようで"いつか六文銭'09でもやりたいな"とおっしゃっていた。

続いて"引き潮"を。ところが高音部のサビの部分で小室さんがストップ。寒暖の差なのか、少し体調不良気味ということでエアコンを切って再度スタートした。再びこへさんはステージ下でサラウンド体制に。

再びおけいさんの曲紹介で"一緒に帰ろう"を、続いてゆいさんが12月に発売されるラニヤップとしてのCDのご紹介。その中の曲ではないがおとのばに収録されている"大きなグミの木の上で"をジャギーに歌う。

さて、もうエンディングに近づいている。
小室さんが"嫌な奴でもいい曲ができる"と笑わせたこへさんが創った"命返す日"とエンディング曲として,同じく死者、その瞬間を表現したと言われる"12階建てのバス"でショートバージョンのライブが終了した。

当然のアンコールはいつもの"出発の歌"。ここで想定外の栗蒸饅頭の差し入れがあり、多分予定されたサーカスゲームをカットして、出発の歌のサビを繰り返して終了した。

終了後は即席サイン会~打ち上げと続いたが、シンデレラよろしく夜が明けない内に帰るため打ち上げの一部のみ参加して,皆さんにご挨拶をして後髪を引かれながら会場を後にした。
40353080_4200464645s 40353080_3487073043s

さて、再び450kmのドライブ。睡魔が襲う前に少しでも近づこうとノンストップで走ることにする。ナビは相変わらず朝4時半着を予想している。
なんとかノンストップなら3時には着こうと行きの2割増のスピードで、車両は1/100位しかない暗闇の高速をひた走る。山間部を抜ける行程だから,昼間とは逆にトンネル内部の明るさが妙に印象的だった。

40353080_226630428 40353080_1620270658
※刻々と到着時間が目標3時に近づいていく。

そして目標にはやや遅れたが自宅近くのセルフスタンドで給油して14時間900kmのライブ行脚が終了した。
40353080_3918081300

| コメント (1)

2009-10-18

本当の悲しみ について

昨日からかとうかずひこさんの死を伝えるNEWSが流され続けている。
自殺だなんて。
ただ今わかっているのはそれだけ。
だから、当たり前のお悔やみ言葉を発するのはあまりに事務的でセレモニー臭さすらする。
本当ならバカヤロー、なんで死んだりするんだと怒ることが死者への最大の賛辞でないかとも思う。

だから紙面やテレビでどこまで加藤さんのことを知っているんだろうと思う輩が
ありきたりのコメントを寄せているのを見ると
嫌悪感すら感じてしまう自分がいる。

仮に伝えられるように鬱病を患われていたのだとすれば
彼の側には彼を一番知る希代の精神科医がいた訳だから
安易に病に触れたコメントも失礼だと思う、

やはり、当然のようにきたやまさんは何らコメントを発していない。
と言うより、メディアに発表する必要がないことはきたやまさんなら十分理解している
同じように身近だと思われる方の死であっても永さんもメディアにはコメントしないことは
徹底しているように思う。

コメントできるのはそれだけ遠いからなのだろう。

さて、それでは人は
一生の間に何度本当の悲しみに立ち会うのだろうか?

ホントの悲しみ・・実はそれがどのレベルのことを言うのかよく判らない。
確かに人の死に立ち会うことはそれに近いのだろうが、身近なほど悲しみが大きいのかと言えば、母の死はどうだったのだろう?悲しみが無かったと言えばそれは嘘になるけど、それよりはほぼ1年前、すでに転移した癌が見つかり、命の限りが現実となった時の方が悲しみは大きかったような気がする。

無論、身内の死でも多少の前後はあっても歳の順であれば許容の範囲の悲しみなのか?
幸いなことに妻や子供に先立たれることはないので、そこに感じる悲しみがホントの悲しみに近いのかも知れない。ただ、それさえも事故などの突然のものでなければ、そのこと自体がどうしようもない悲しみなのかどうかも判断できない。

となれば、本当の悲しみは、そう自分自身の死しかないような気がする。
どんなに辛くても
どんなにくやしくても
どんなにやるせなくても
そして、もちろんどんなに悲しくても

それを感じられなくなることが,私は一番の悲しみだと思う。

だから私は自殺は断じて肯定しない。
存在することで、感じることで,悩むことで、生きていることが実感できる。
それを自ら断つなんて、やはり私にはできない。

癌が全身を侵しまくっても
心臓がその動きを止める瞬間であっても
絶対死にたくないと本当の悲しみに感じると思う。

安らかな死なんて
ましてや自殺なんて

悲しみとは~ 悲しみとは~
何故かこへさん作詞のおけいさんの歌"初恋"の最後のフレーズが頭を駆け巡る。

| コメント (0)

2009-10-13

六文銭’09 CDを笑え!? 静岡の夜。

P4
10月の3連休の中日である11日、六文銭'09は静岡にいた。
前日の10日(本当は体育の日は東京オリンピックの開催日、晴れの特異日でもあるこの日が正当なのだけど・・)に隣街の焼津でのジョイントLIVEを終えた足での移動ということになる。

昔からこの静岡は、マーケティングの世界ではテストマーケティングの聖地と言われ、多くのメーカーが全国展開を前に新商品の顧客の反応を掴もうとする地という意味では日本の標準という気質の地でもある。都会と田舎が日本の縮図のように絡み合った街なのだろう。ただ、平成の大合併で今や旧清水市まで呑み込んだ70万都市、県庁所在地ではあるが、それでも静岡県内では浜松市についで2番目だという。

今回の会場MHUは静岡駅や県庁にも近いそんな静岡市の繁華街のど真ん中、この日も近くの公園では大きなステージが組まれお祭のようにいろんなパフォーマンスが繰り広げられていた。同時に夕刻には公園の街路樹にムクドリの大集団だろうか、真夏の蝉のような大合唱が飛び交う不思議な空間でもある。

この日、お知り合い方の知人の方は初六文銭'09(1週間程前に小室さんとこへさんのジョイントを体験された由)とのことで"六文銭ソングブック"を持参しての参戦である。(20歳のおけいさんの今とは違う意味での美しい写真満載、半分が写真集のような楽譜本だった。欲しいなあ~)

こうして当然のように体育の日の由来を知るオーディエンスが大半の中、O.Aの若い(あくまで比較の上で)3人組(お名前は聞き取れなかったがEギター、ギター、ウッドベース<女性!>)が見えたこともあるのか若いオーディエンスも混じる構成である。彼らの歌もさることながら、間の悪いというか、微妙な噛み合わなさ、観念的な物言いはある面六文銭にも通じるものがあると言えば、失礼だろうか?(笑)

34907792_2227401524

20時を過ぎていよいよ六文銭'09のライブがスタートする。
何故かこへさんが現れない。しばらくしてこへさんもステージへ。
チューニングを終えて待っていた小室さんが徐に昨夜のライブの話を始める。
話始めて途中でやめたと思ったら突然"こうへいがチューニングすると思って,何か話しなくちゃいけないと思って話したんだけど、いいのか?”と。
実はこへさんはステージに上がるやいなやギターをかかえてスタンバイ状態。小室さんの問いかけに"なんで?"というすましたサインを送る間もなく、正に間髪を入れずに"夏・二人で"がスタート。そして1曲目の拍手も終わらぬ内に"雨が空から降れば"のイントロが始まっていく。

さてこのユニットはどう表現すればいいのだろう?
個々で見ればそれぞれが優れたミュージシャン、アーティストである。当然ユニットとしても類いまれなハーモニーは音楽のジャンルを問わず他の追随を許さない。しかしである、だから1音楽ユニットという枠に収まるのだろうか?答は否である。この日披露された都合19曲の内、初めて聴く曲は1曲もない。しいて言えば、おけいさんのソロCD内の曲をユニットとしてのアレンジした形のものだけだ。しかし1曲として前と同じものはないような気がする。それは決してライブ用に軽くしたものではない。毎回新しく,新鮮な曲として響いてくる。否、それだけではなく、通常前半,後半と分けられる約9曲から10数曲全体でひとつのパフォーマンスとしてオーディエンスに問いかけてくるような気がする。

オペラのような、ミュージカルのようなとも微妙に違い、その場の空気感、オーディエンスの熟成度、無論ユニットメンバーの体調までも含め変幻自在に繰り広げられるそのパフォーマンスは音だけしか伝わらないCDに収まるものとは思えない。
ある時はやさしくつま弾くスリーフィンガーから、65歳とは思えぬ体全体でリスムを取りながらかき鳴らされる力強い小室さんのギター。
時としてステージを離れてもサラウンドのように客席側からでも響き渡るこへさんのヴォーカル。
まるで姉妹のようなユニゾンを響かせたり、メインヴォーカルを引き立たたせるようにステージ上の立ち位置を変えるゆいさん、そしておけいさん。更にはダンシングユニットのように時としてボディパーカッションやステップは美しさだけではない魅力をこのユニットに付加していく。

更にはそれぞれの個性が、良質のお笑いユニットのように4人が攻守を変えて惚けと突っ込みを繰り返していく。

その上での、小室さんをして"今のは良かった。余計な話をせずにそのままの勢いで歌っていきたい"と言い切れる一瞬一瞬の真剣勝負を続ける気概とこへさんを中心とした駆け引きは、多分幸運なその場にいる者だけに許される至福の空間なのだと思う。

大袈裟ではなく無形文化財のような存在と言えば一番近い表現かも知れない。

確かにその場に立ち会えない多くのファンにとってはCDはひとつの手がかりかも知れないが、このユニットの本質に触れるためには、やはり生の六文銭'09のステージの空気に触れなくてはならないと考えた。
そして、そのチャンスはいつまでも続くものでないことを、ファンであれば自覚しなくてはならないだろう。

ライブを前にすれば、二つのCD、二つのデビューアルバムで六文銭に触れたと嘯くことは決して許されないことだと、あえて宣言しておこう。

さて途中となったが、2曲を終わるとおけいさんとゆいさんの様子がおかしい。譜面台を覗きこみながら、ついにはおけいさんがステージを降りて控え室の方へ・・。
譜面を持って戻ったおけいさんを迎えて、次の曲の紹介でユニット誕生の過程を紹介してきた小室さんがすかさず、O.Aの皆さんの物言いを真似して"楽屋に言葉を忘れてきたんだよ"って笑いを誘う。そして忘れてきた譜面とは、おけいさんのために書きおこされた"ただあたたかくカラッポに"。

演奏を終わってすぐ、小室さんが突然"世の中には取り返しのつかないことがあってさ"と話された後、"出来るならもう1回やり直したい"とつぶやく。ゆいさんが"おけいちゃんは偉いね。それでもちゃんと歌うもの"と返し、"じゃ、その憂さ晴らしの意味で"と"ゲンシバクダンのうた"が始まる。

ここでこへさんはギターを抱えたまま客席へ、そしてエンディングになっても帰ってこない。おけいさんがコーラスにかぶせて"帰ってきて"と叫ぶ。なんとも自由な、それさえもト書きにあるようにステージは進んでいく。

こへさんが戻った後、畳みかけるように"おしっこ""戦場はさみしい"そして中也の"サーカス"と反戦を意識した曲がメドレーのように続いていく。

前半のステージもいよいよ終盤に入っていき、こへさんの拍手のタイミングの注文が入っての"面影橋から"が、更にしかけはエンディングで小室さんとの駆け引きが続き、
いよいよ前半最後は、最近とみにテンポがアップしたような"街と飛行船"で、前半のステージを終了した。

すでに今回の本題は書いてしまったので、後半は当日の様子を振り返る意味で。

後半スタートはゆいさんフィーチャーで"ほんとさ"でジャギーにスタートし、こへさんがほぼ30年以上前に作った"木の椅子”、ゆいさんとおけいさんのユニゾンが楽しい。ここでもいろんな駆け引きをおけいさんが引き取る感じで、ご自身の初CDのタイトル曲"初恋"と続いていく。

それでも続くやりとりを打ち切るように小室さんの"引き潮"の伸びやかなヴォーカルが空気を変えていく。

更には雨が空から降ればや私はスパイの原点のような、全体がひとつの音楽劇のような"ヒゲのはえたスパイ"でユニットとしての力量をオーディエンスに決定づけていく。

再びさがゆきさんの"大きなグミの木の上で"でステージは一段と華やいだのち、"命かえす日"でしっとりと。

そして後半最後の曲は六文銭ソングブックの装丁やキングサーモンのジャケットデザインも手がけた小島武さんの作詞で,ある面幻の曲でもあった"12階建てのバス"で勧進帳のようなステージは終了した。

定番のアンコールは"サーカスゲーム"そしておけいさんのヴォーカルで蘇った"出発の歌",そしてサプライズはダブルアンコールとして"無題"で締めくくられた。

その場に居合わせた幸運はオーディエンスに祝福を。
そして,最後にもう一度、すばらしいCDではあるけれど、そのCDは六文銭'09の魅力のひとかけらでしかないことをあらためて宣言しておこう。

34907792_4169484948

| コメント (0)

2009-10-07

記念品が届いて・・改めて考えてみた。

34907792_2963183018

先日の日記で書いたおけいさんのニッポン放送ご出演時に、
投稿したメールが採用された記念品が届いた。

と同時にその部分だけだけど放送された内容を教えて頂いた。
ほぼ投稿した内容どおりにイルカさんに読んで頂いていた。
何より嬉しかったのはリクエストした"シアワセになれる天才"を
ON AIRされただけでなく
私と同じようにイルカさんがとってもこの曲を絶賛されていたこと。

"今"のおけいさんの歌を評価されていることがとにかくうれしかった。
それだけでも我意を得たりという感じだろうか。
ここでも何度も言っている懐かしさではない,今生きる歌姫としての歌を
絶賛されるということで、おけいさんの新たなステップアップに繋がると
いいなって思った次第。

とにかく懐メロフォークはそれが好きな人と
それしかできない人達にまかせておきましょう!
そうですよね・・
おけいさんにふさわしい、もっとステキなマーケットにチャレンジしましょうよ。

って考えていた。

| コメント (0)

2009-10-04

おけいさんが、ニッポン放送で"たまにはね"

23889353_3045952649

おけいさんのファンの方はご存知かも知れませんが、
本日4日朝7時から、おけいさんがニッポン放送に出演されました。
(もちろん録音だと思いますが)
番組はイルカのミュージックハーモニーです。
残念ながら、愛知県では聴けなかったのですが番組終了後、番組からメールが届いた。

どうやら私のリクエストが採用されたようだ。
記念品を送るので名前と住所を知らせろとのことだった。やったあ・・とは思ったものの
肝心の放送は当然聴けていないので・・
早速、番組のHPを見ると
リクエストした"シアワセになれる天才"がON AIRされたよう。
しかも、SQUAREを拝見するとイルカさんがこの曲を絶賛されたそうです。
よかった。

この曲、まだタイトルがついていない、多分最初にお披露目された頃から大好きだったものですし、今のおけいさんには一番合っているような曲で、CDに収録されただけでもうれしかったのですが、イルカさんもいい曲とおっしゃたのならますますうれしい限りです。

因みに、最初は、無題、仮称”たまにはね"と言われていた曲です。
おけいさんの詞と香真良君の曲がベストマッチです。

初めて披露されたのはOK's SQUARE 7tnでした。
その時の日記の一部を以下に。

何しろ2日前に完成したばかりとのこと、当然完成度的にはこれからだろうけど、極めてチャレンジフルな曲である。これまで比較的ラブソングでも恋人っぽいものが多かったおけいさんの詞だが、この曲は長い時間を共有した二人を歌ったものになっている。そう冒頭のドラマのシーンがなんとなく浮かんでくる。愛する者同士故の意地の張り合いは、単なる男女の恋の駆け引きとは違う何かがある。
そんな心の機微をおけいさんはシャンソンのように語るように歌われる、何をイメージされているのか、聞いてみたいような聞くのが怖いような曲だった。因みにタイトルはまだない・・とのこと。オーディエンスから思わず拍手や笑いが起きる、会場には身につまされるであろうご夫婦や片割れの姿も多かったが・・。

早く、録音した番組をききたいなあ~

更に今日は金曜日の再放送だけど、今年8月に行われた38年ぶりの中津川FJを追ったドキュメンタリーでおけいさんのインタビューが20秒程度流れていた。肝心の歌唱場面はなかったけれど・・(NHK岐阜制作で東海3県のみの放送でした。)

| コメント (0)

2009-09-24

マニフェストより大切な公約 民主党の限界

民主党よお前もか!

民主党がまだ野党だったころ、少なくとも与党よりもまともな政策がひとつあった。それは、政治の場面での記者クラブからの解放である。
そう、あの小沢のスキャンダルの時も記者クラブ以外のメディアにも記者会見を解放している。
実は日本のメディアは北朝鮮以下の閉鎖社会なのである。そのくせフィクサー気取りで総理大臣の首のすげ替えを画策していた渡辺某を筆頭に、誰にも与えられていないのに権力を持っていると錯覚している組織なのである。

ホワイトハウスの記者会見をご存知だろうか?
基本的にはメディアの制限はない。
当然、記者会見はホワイトハウスの広報、報道官が取り仕切る。
無論、会見場は誰でも入れると言っても厳しいセキュリティチェックを受けてのものであるのは言うまでもない。
そして肝心の会見は記者と報道官の真剣勝負の場でもある。

それに対し日本の官邸、否警察でも地方議会でもすべて地方地方にある記者クラブが会見を仕切っている。何よりその記者クラブの会員でないと会見場に入りさえできないのだ。
そして、会見自体はなれ合いの出来レースで形式的に行われている。
質問も幹事社が取り仕切り、政治家がきかれたくない質問はしない。
しかも会見後各社の記者が会見内容の擦り合わせを行い、翌日の新聞にはほとんど一字一句違わない会見内容が並ぶ。
海外のメディアから見ると信じられない光景である。
そのくせ、政府高官のオフレコ会見とか,リークを餌にどんどん政治家側に飼いならされていく。
それを日本の国民へ真実のニュースとして垂れ流し、洗脳していくのだ。

よく政官財の癒着構造と言われるけれど、
実は政官財&メディアの癒着がこの国の民主主義の進歩を阻害している。
変な言い方だけど韓国でさえこんな制度はないのだ。

その意味では日本のメディアは共産圏以下とも言える。

そして、そんな記者クラブを解散させると言って政権を奪取したのが民主党なのだ。

それが権力を握った途端、平野某官房長官の入知恵か,はたまた官邸記者クラブにたらし込まれたのか、こんなマニフェストよりも何よりも大切な公約を反古にしてしまった。
この罪は極めて重い。
これじゃ、官僚政治からの脱却もおぼつかない。ぞ。

微かな期待は外務大臣となった岡田が、外務省の会見は記者クラブ以外にも解放したことだが・・。ということは民主党としての判断ではないのだろう。
やはり平野か・・民主党が早く目覚めることを期待して。

●以下は理想の時代の民主党
http://www.j-cast.com/2008/12/30032953.html

●そして裏切りを受けた後、
http://diamond.jp/series/uesugi/10094/

恨みつらみの前にもっと真っ当な話として、
これ以上記者クラブをのさばらせてはいけない理由を。
(田中繋がりで田中康夫ちゃんも一押しの田中良紹さんのコラム)
▶なせ記者はバカになるか。

| コメント (0)

2009-09-23

メディアのレベル

正式に民主党政権が成立して1週間余り、
少しずつだけど、自民党政権との違いが表れている。
マニフェストで訴えたことを実現しようとする姿勢は評価すべきだろう。
固執しろとは言わないが、簡単に変更するよりはマシだろう。

八ツ場ダムの現場に国土交通大臣が訪れたニュース、これの報道姿勢には大きな違和感を感じる。
地元の利権亡者が首長を勤める(ある面、利権政治に慣れた連中)"地元の意見"だけがすべてなのか?工事中止を支持する地元の意見は全くないのか?
以前のアクセスを聞く限り、100%中止反対が民意でないのは明らかだと思う。

確かに、国の姿勢に翻弄された事実は重い。
しかしここまで工事をしたから中止はおかしいだろうとはお粗末すぎる。

肝心の議論、そもそもこのダム工事自体が必要かどうかの議論がないのが不思議でならない。
何しろ計画されたのは今から57年前!の1952年、
その時点での利水計画、意義が果たして今でも有効なのか?
もしそうなら必要なものを57年も完成せずにおいた方が遥かに大きな問題だと思うが、
結局、決めたらなんでもやればいいのか?
本当に今でも必要なのかの議論は尽くされたのか?

本来、メディアはこの点をまず検証すべきだろう。
その上での中止の有無の評価をすべきではないのか?
住民が大臣と合う、合わないの議論にフォーカスを当てるのは
余りにも稚拙な話ではないかと思う。

ある意味、メディアの存在価値がとわれているように思うのは私だけだろうか?
記者クラブ制度にあぐらをかいて
バーチャル権力を振りかざしてきた日本のメディアの改革の方が
政権交代よりも重要だったのかも知れない。

| コメント (0)

2009-09-22

Hellelugah ハレルヤ。

34907792_3749950336s 34907792_1293902211s

アメリカのドラマを見ているととにかくこの歌がBGMとしてかかることが多い。
いろんな想いがあるのだろうけど、
ここでも何度かご紹介しているTHE WEST WINGのseason3のラストエピソード"第65話「平和の陰に」 Posse Comitatus"の正にエンディングで流れていたのがとにかくすばらしい。
このシーズン、あの9.11が起きて世界中の秩序の大転換が起きた時期にスタートした。そして、seasonを通しては大統領の再選準備とイラクをイメージしたクマーという仮想の国とのテロとの戦い(しかしリアルなブッシュ政権とは違い、無意味な戦争に進まなかったには少し救いか?)を下敷きに、サウジアラビアで起きた事件(イスラムの世界での女性の地位が如何に低いものなのかを如実に現した事件)にスポットを当てながらも、実はそれに対する報道官CJクレッグ(女性)の発言に対する脅迫事件から、身辺警護についたシークレットサービスのサイモンとの手探りの恋が最後の悲劇に結びついていくのだが・・

今回は音楽の話なので、その部分だけ紹介すると、
ニューヨークでのイベントに出かけた大統領、バラ戦争の観劇の中で、テロの首謀者とされるクマーの国防大臣シャリーフの暗殺計画にGOサインを出す。同時にその日、CJを脅迫していた犯人が逮捕され、身辺警護の任を解かれたサイモンはCJと晴れてそのイベント後にデートの約束をする。

そしてデートを前にコンビニに入ったサイモンは、そこで異様な雰囲気に気づく。そう強盗が入っていたのだが、一人を確保した瞬間、もう一人に銃撃され殺されてしまう。
イベントが終わりデートに出向くCJのところへサイモンの訃報が入る。こんなところからこのハレルヤが流れてくる。
ジェフバックリーの声はせつなくて、悲しくて、心に滲みてくる。しかも彼は前途洋々の未来を待つ事なく30歳で亡くなっている。以下音源は日本公演でのもの。最後に言う"さよなら”が違う意味で切ない。
二コ二コ動画なのでご覧になれない方は、ジェフバックリーの姿ではないがドラマOCでのもの、YouTubeにあった音源で曲だけ聴いてください。
※以下はジェフ・バックリィの二コ二コ動画から
ご覧になれない方はYou Tube

それでも見られない場合はこちらをクリック。

何故か涙が流れてきます・・
おけいさん翻訳して歌ってくれないかな~

| コメント (0)

2009-09-13

50 First Dates 明日は必ずやってくる?

Ishot5BSの番宣につられて予約した映画。
なかなか一気にみる時間がないのだけど(字幕だからながら見もできない)
内容的に続けてみないと訳がわからなくなる。何故ならドリューバルモア(ETの女の子だ!)演ずるルーシーは交通事故で記憶障害があり、事故に合った以降の記憶は一晩寝ると消えてしまうのだ。これはこれで"博士の愛した数式"と同じ、違いがあるとすると四季のないハワイとやさしい家族、コミュニティがその事実を彼女に悟らせないように、来る日も来る日も事故の起きたその日として彼女を迎え入れている、そう、ルーシーは24時間毎に人為的なタイムリープをもう1年以上繰り返しているというわけだ。

そんな彼女に、無論そんな事情も知らずに、希代のプレイボーイで海洋生物学者のアダムサンドラー演ずるヘンリーが一目惚れしてしまった。しかも女を取っ替え引っ替えしたいたことが嘘のように、信じられない程の一途に恋してしまったことで巻き起きるドタバタがこの映画のメインストーリーである。

何故か"50 First Dates"のタイトルが邦題では50回目のファーストキスになってしまっていて、本質から離れてしまったように思うけど、せめて50回目のファーストデートくらいにしておけばと余計なことを考えてしまう。

この映画の魅力はハワイの美しい風景と何よりヘンリーの相棒でもある芸達者な海洋生物達だと思う。これ、なかなかなもので,特にセイウチのジョコ君は助演男優?賞級(他に2匹の友だちと合わせ)の怪演だ。ペンギン君もいい味だしているけど、こちらは何故かエヴォンゲリオンの温泉ペンギンに酷似している気がしてならない。同時期にエヴォアンもアメリカで紹介されているし・・
Ishot1 Ishot7

34907792_3359817307 Ishot3


さて、本題。
私自身はタイムリープできないまますでに20000日以上を過ごしていることになることを考えると驚くばかりである。
確かに昨日と今日は何も変わらないように見えて実は確実に変化している事実と、その核となる自分自身の変わらぬ想いの狭間の中で、果たして死ぬまで訪れる新しい1日、1日を新鮮に迎えることができるのだろうか?
明日があることで今日を曖昧に生きているような気がしてならない。

確かに何も変わらない今日であり昨日だけど,決して2度とは訪れない。
だから"いつか"のためにやりたいこと、思っているのに明日以降のことに想いをはせすぎてやりたいこと、言いたいことを躊躇しないようにしようと思う。
昨日をやり直すことはできないように、明日がやってくる保証はどこにもないのだから。

※そんなことを考えていたら深夜のNHKでアニメ版”時をかける少女"の細田守監督の番組をやっていた。宮崎駿にしてジブリに入ると君の才能が活きないといって入社を許さなかった!?今後の日本映画界の逸材である。
Ishot9

| コメント (0)

2009-09-12

あこがれの場所で・・呑川緑道のように

Img01

そこには(多分)ステキな人が生活している
大都会の片隅なのに、街の汚れが無縁のようなたたづまい

数年前まで,何度も近くを訪れていたのにその存在にすら気づかなかった
それがこの街の奥深さなのか・・

人の心も同じなのかも知れない
見えているものと見えないもの
見せたいものと隠しておきたいもの

偶然を装い何度も邂逅を試みても出会えない真実も
目の前でほほえんでいるだけなのかも知れない

きっと誰の目の前にもあるのだけれど
それを感じ取るこころの有無だけなのだと

それとも、
見えているのに見たくないだけなのか
見たいものだけ見ているだけなのか

だから気ずかないだけの方がシアワセな時もあるかもしれない。きっと。

| コメント (0)

2009-09-06

The Debate

34907792_3368524481

私の大好きなドラマ ”THE WEST WING"。
今は最終のseason7、実はこの途中でバートレット大統領の首席補佐官、このシリーズではサントスの副大統領候補レオ・マキュギャリー役の名優ジョン・スペンサーが心臓発作で急逝してしまったことから、予定していたseason8を止めたという噂がある。もともと当時のオバカなブッシュ政権とは逆に極めてリアルな世界情勢に合わせて有能な大統領とそのスタッフの活躍を描いているこの作品は、ドラマと判っていてもブッシュでなくバートレットの方が本物だったらどんなにいいかと思わせる質の高いドラマである。

因みにジョン・スペンサー演ずるレオはseason6で心臓発作で倒れて首席補佐官を解任(実は大統領と意見の衝突があり解任直前でそれが心臓発作の遠因のように描かれている)されるのだが、新聞でジョン・スペンサーの訃報を聞いた時、あまりの類似性というか偶然に、亡くなったのはレオの方かと混乱してしまうほどだった。
更に言えば、以前にもご紹介したように最後のシーズンでバートレットの後任の大統領は初の有色人種(ヒスパニック)のサントスがなるのだけど、これはオバマ誕生を予感させる内容になっているというか、オバマに合わせて脚本を書き上げたと言われている。もちろん当時(2004年時点で)は、オバマは民主党の候補にすらなっていない、当時の民主党内の候補ケリーを応援する1上院議員に過ぎなかった。しかし、理想の大統領を描こうとするスタッフにとっては何かインスパイアさせるものがあったのかも知れない。

(以下はTHE WEST WINGの紹介からの抜粋です)
34907792_511256531_2
バートレット政権の次期政権を担う大統領候補選びが始動するシーズン6では、次期大統領候補として民主党のマシュー・サントス(ジミー・スミッツ)が新たに登場する。このマシュー・サントスはなんと、オバマ大統領をモデルにして生まれたキャラクターなのである。

本国でシーズン6が放送された2004年、一躍注目を浴びた政治家がいた。ジョン・ケリー議員が立候補した2004年大統領選の党大会で、イリノイ州の若い政治家が基調演説で「人はみな平等であり、ブラックのアメリカも白人のアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもない、ただあるのはひとつのアメリカなのだ。」と感動的なスピーチを行った。自分にチャンスを与えてくれたアメリカという国をたたえたスピーチは高く評価され、一斉に全米の注目を浴びた、それがバラク・オバマ上院議員(当時)だった。

オバマ議員のスピーチに感銘を受けた「ザ・ホワイトハウス」の脚本家(アル・ゴア元副大統領の元スピーチライター)は、すでに、ラテン系俳優ジミー・スミッツがキャスティングされていたことから、特に人種や社会問題に対するオバマ議員の考えを参考にしてマシュー・サントス役を書き上げていき、演じるジミー・スミッツはオバマ議員のスピーチを研究、実際に会って話をするなど、マシュー・サントスは当時のバラク・オバマ議員をモデルとして作られたのだった。(実際、マシュー・サントスとオバマ大統領は同じ1961年生まれで、共にボブ・ディランファン。)

一方共和党からの大統領候補としてアーノルド・ヴィニック(アラン・アルダ)というキャラクターが登場するが、こちらもマケイン氏を彷彿とさせるキャラクターで、党の中では少数派の自称マーヴェリックというベテラン政治家、しかも年齢までマケイン候補と同じなのである。初の白人以外の大統領になる可能性を秘めた若手ホープと共和党のベテラン政治家が大統領候補・・・まるでこの前の大統領選とまったく同じシチュエーション?! それにサントスの前に立ちはだかるさまざまな試練は、人種に関することや若さゆえの経験不足を攻撃されるのをはじめ、まさにオバマ大統領が切り抜けてきたものと同じであり、話題になる社会問題や両者の政策にいたるまで、2008年の大統領選のそれと非常に似ているのである。

2004年から2005年にかけて制作されたシーズン6は、まるで2008年の大統領選をドラマ化?!しているかのような展開を迎える。実在する若手政治家をモデルにしただけのはずだったのが、いきなり4年後を大胆予測してしまった?!いったい脚本家がどこまで4年後の大統領選を予知してしまったのか、感心しながらぜひ楽しんでいただきたい。
※以上がサイトからの引用です。

ついでに言えば、season3途中では例の9.11事件が起きて、半ドキュメンタリー風の特別番組"イサクとイシュマエル"も話題になった。あの異常な空気の中で、偏見では何も解決しないことをテレビ人としてしっかり表現できるこの番組のスタッフに敬意を表したいと思った作品である。空気に流されない、信念をもった姿勢は民主党政権になったとたん急に態度を豹変させた某国営放送の連中には爪の垢でものませてやりたい。

さて、このseason7は2年間に渡って行われる大統領選をシリーズ通して描かれているのだけれど、そのエピソード7"The Debate"は、全編が共和党候補のヴィニックとサントスの討論会なのだけど、これがすごい。
何が凄いって全米で放映された時は生放送されたのだ。確かにいつもは映画のようにフィルムでの放映だけど、この回だけはビデオ映像だった。すべてシナリオどおりだとしたら45分出ずっぱり、しゃべりっぱなしの二人は台詞を覚えるだけでも大変だろうに。更に全米ならではというか東部と西部の二つの時間があるので、生放送も2本だて?で実施したそうなのである。しかも、内容が少し違うというのだから・・・
ご覧になれない方への説明するのは困難だけど、それはまさに本物の大統領候補による討論会と言っても何の疑問もおきない内容だと言えば、その凄さの何分の1かはご理解頂けるかも知れない。

だから、THE WEST WINGはやめられない。

| コメント (0)

2009-09-03

9月になって

34907792_488331139


結局、選挙と共に夏もどこかへ行ってしまった。
日本人の特性なのか、ことさら政治・信条に関して公に語ることを
避ける傾向があるのは困ったもので、
このあたりにも実際何を考えているかよく判らない不気味さに繋がるのかも知れない。

さて、予定どおり自民党の大敗で終えた選挙、
それでも河野太郎によれば勝ち過ぎているのだそうだ。
この政党、すでにその役割を終えていることに気づいていない連中が幅を効かせている限り、再生はないと思う。
その意味で、所謂ゾンビ制度で生き返ったのが、時代遅れの派閥の領袖ばかりというのが、彼の言う勝ち過ぎの定義ということになるのだそうだ。

それにしても、思想信条を臆面も無く出しているのが、不気味な宗教政治屋団体と右翼、左翼だけというのはいかがなものなのか?
市井の市民が普通に政治を語れないところに、この国に真の民主主義が根付かない根源があると思うのは私だけだろうか?
同時に責任逃れのお上意識も何とかしないと、今回の選挙のように、散々の状況にならないと意志決定ができないという愚を繰り返すことになると思う。

とある人が、私が政治家を批判していることを指して、私がリスペクトしているアーティストに迷惑がかかると言ったことがあるが(当然、私は自分自身の信条を発言することはあっても、そのこととアーティストと関連づけて表現したことはない)、これについては全く理解できなかった。多分、平穏に、争う事を少しでも避けたいという想いからだと思うけれど、これこそ、この国の住人の得意な事なかれ主義の典型で、何よりそんな考え方の方が遥かに私のリスペクトするアーティストに対してマイナスの印象しか与えないと思うのだけど、本当に悲しいことだと思った。ただ、これがこの国でいう大人の常識なのかも知れない。

話を戻して、
前にもここで書いたように、この国に必要なのは民主党政権ではなく、政権交代なのだけど、その意味では今回の選挙結果は第一段階としては正解だと思う。
そして自民党にも、権力の呪縛から離れると先ほどの河野太郎みたいなまともな発想ができる連中も発言できるようになるのはいいことだと思う。ただ、マンガ太郎や細田のように、何故自民党が負けたのかも理解できないお粗末な連中も生き残っているのも事実で、この政党にとっては、政権奪還以上にこの時代に必要な政党として生き残れるかどうかが、最大の問題だと思う。

無論、民主党自体もある程度フリーハンドに政策を実効できる議席を得たことは、言い訳ができないという意味で責任が重いと思う。
何が変わらず、何が自民党と違うのかを明確にしないと、来年の参議院で一院を失うことになるかも知れない。
少なくとも、最高顧問の藤井さんの話を聞く限りは子供手当も高速無料化も単なるバラマキ施策でないことは理解できる。ただ,彼が代表の党ではないので、308人の議員が同様の意識で遂行できるか否かが今後の正否を握っていると思う。

単に日本だけを見ていると判らないが、世界は行き過ぎた自由主義から、一定の平等を保証する社会民主主義へと大きく舵をとっている。
その意味では今回の民主党の勝利は、小泉・竹中のアメリカ追随、新自由主義にかぶれた結果からの揺り戻しでもあると思う。
問題は、新自由主義とは行き詰まった資本主義の最後のカンフル注射であって、アダムスミスの神の手まで金で解決しようとする思想、つまり20世紀を引っぱった資本主義自体も終焉を迎えていることだ。
66億の民と限りある資源の中で考えうる幸の最大化を図る真の21世紀思想を構築できない限り、地球全体でのレミングの集団自殺に向かうシナリオの変更はできないような気がする。

ただ,だからといって宗教屋の出る幕でないのも明らかなので念のため。
34907792_686945161 34907792_3113223347

しばしは現代芸術で、秋を感じていようかな。
34907792_4273891945


       34907792_1826567133

| コメント (0)

2009-08-23

再びのKNOB ゆったりナイトの原点にて

1262725112_119
夏のなごりのような金曜日の夜、久しぶりの六本木。
昨年の10月以来のKNOB、ゆったりナイト。

考えてみるとこの1年足らずの間にリーマンショックがあり、
見かけの好景気が一転、未曾有の不景気が日本中を覆っていた。
ある面、象徴的な晴れの『場』である六本木も大きく様変わりしていたのかも知れない。

おけいさんにとっては前回のKNOB以降、
下降気味の世の中とは対照的に、まる六から六文銭'09へ、おとのばの発売、
何より待望のソロCD発売と、再び歌の世界へ戻られてから最も変化とお忙しい1年であったような気がする。

そんな中、サポートギタリストが一晃さんに変わって以来、
SQUAREを除く東京でのソロライブも恵比寿駅前バーでの開催が多くなったりして、いろんな意味で、久しぶりのKNOBでのソロライブの夜だった。

KNOBおなじみのレイトショーの雰囲気の中、
真っ赤なシャツに今日は暑いからということで、おなじみのキャップ無しで一晃さんがスタンバイ、
おけいさんは黒のスリムなパンツに麻素材の白い涼しげな素材のチェニック?の出で立ち、と相変わらずスタイリッシュだ。
タイトルどおり、いつものようにゆったりとスタートしていく。

今や少し懐かしい感じで"はじまりはじまる"が最初の曲だった。
リクエストがあったという六文銭時代の歌"この大空に捨ててしまおう"と続く。
おとのばから"一緒に帰ろう"そして"木の椅子"の2曲を。
FJの様子、特に一晃さんのご活躍のMCを交えながら進んでいく。

今夜のセットリストは前回のKNOBからの1年間を辿るように、前半はオリジナルCDに至るまでの過去のソロライブのレパートリーを辿っていくように感じた。

ご自身でも久しぶりにと言って始まった"青春の輝き"。この辺りからアレンジも含めて一晃さんのギターテクニックが冴え渡っていく。
同じように久しぶり、多分彼のギターでははじめての"誰かが星を見ていた"と個人的には聞きたかった曲が続いていく。

そして前半の締めくくりは、こちらも久しぶりの武満さんの曲、”小さな空"そして後半に繋げるように"私の青空"でしばしの休息となった。
34907792_3343418398s

後半はいろいろあって?オーディエンス席にみえた常富さんを加えてスタートしていく。
CDからだけどCDバージョンとは違う本来のアレンジに近い形の"うれしくて"からタイトル曲でもある"初恋"で旬なおけいさんを表現していく。

再び一晃さんだけのサポートに戻って"君のために"を。
続いては香真良さんの曲を2曲。
意外だったのは大好きな"しずかな雨"が曲先だったらしいこと。
そしてアップテンポの"かざぐるま"とCDにも収録された香真良ワールドを満喫する。

ここで再び常富さんが呼び込まれ、
CDバージョン風の”春の風が吹いていたら"。伽草子を知るファンにとってはこのバージョンの方が腹に落ちるのかも知れない。ただ個人的には、ソロとして聞いた凛としたバージョンの方が心に滲みるような気がする。

オーラスに向かっての曲は,おけいさん曰く今の気持ちをこへさんが詞にしてくれたとおっしゃる"ささやかでも愛の歌",そしてラストはこの曲同様に常富さん作曲の"旅の途中"でゆったりナイトの夜は更けていった。

アンコールは定番の"インドの街を象にのって"で。

久しぶりのKNOB、常連さんを中心に開催されるこのライブは、まさにおけいさんファミリーのためのライブの雰囲気に包まれていた。

いずれにしてもソロCD発売とは対照的に
ソロライブのスケジュールが少ない中、貴重な、そして有意義な六本木の夜だった。
会場を後にして出たアマンドが改装中の六本木交差点は、生暖かい夜の空気同様に昼間よりも遥かに多い人息に溢れていた。

Rimg0189 Rimg0192
※六本木の象徴?ヒルズ最上階での水族館&美術館より

| コメント (0)

2009-08-13

24年目の夏、クライマーズ・ハイ。

121386629462216220724

考えてみるとこの世に生を受けて半世紀、幸いなことに戦争の実体験はなかったけれどいろんな事件に出くわしていることに気づく。
最後の六文銭を追ったドキュメンタリー"フォーシーズンズ"でも1971年から72年の間に起きた事件を下敷として、こへさんが歌う春夏秋冬版の”春は日傘の"を狂言廻しのように進んでいくのだけれど、この1年の事件の密度の濃さは凄い、そんな年の六文銭、出発の歌であったからこそ、数十年の時を越えても私がその瞬間に戻れるのかも知れない。
それは同時にこの国にとっても沖縄返還、横井さんのグアムからの帰還、大久保清事件、中国の国連復帰、浅間山荘事件、成田闘争等など第2次世界大戦の残り火のような事件とガムシャラに過ぎていった戦後の復興の中での置き去りにした矛盾が一気に噴き出した時代だったのかも知れない。当時17、18歳の私にとってもほんの少し社会と関わりも感じ始めた時でもある・・実はこの年、24年前の事故とリンクする事件も起きているのだが。

時代をテーマでもある24年前に戻そう。
そんな凄い時代をすごして来たことを忘れてしまったかのように、平々凡々と暮らしていたお盆休みの夜、カミサンの実家でまだ幼ない子供達とテレビを見ている時にそのニュースは飛び込んできた。

そして更に時は遡り、現代に。
1年前、見たいと思って見逃してしまった"クライマーズ・ハイ"が地上波で放送されるのに気づいて、慌てて録画準備をしておいた。
余談だけど最近の映画のテレビで放映されるサイクルは随分早い。まあ、映画自体の出資形態がテレビ局や代理店、出版社などの委員会方式で、各社が自分のゲインだけに興味がないような,言い換えれば当ればメッケモン、ダメでも傷は浅いというという、総無責任体制のようなやり方は、果たして映画作りにプラスになるのだろうか?

まあ、そんなことはともかく早く見られる、しかもハイビジョンなので文句はあるまい。原作は横山秀夫、地方新聞記者出身で、この日航事故も取材しているのだから当然と言えばそうだが、この手の作品における心理描写、個とは違う組織の持つ理不尽さの描写の緻密さについては文句のつけようがない。監督は実録物が得意?な原田眞人、主演がJAC出身ながら何故か演技が好きな堤真一、そして(公開当時は篤姫で話題の)堺雅人ということで、この題材でなくても見てみたい組み合わせである。
いずれにしてもリアルタイムで知っている事故だけに、その時の感情、感覚と合わせどこかドキュメンタリーを見ているような錯覚を感じながら見入ってしまっていることに気づく。

映画を見て行く内に、現在と24年前、そして37年前の時代が頭の中で複雑にシンクロしている自分がいた。
映画は8/12日を起点として御巣鷹山の悲劇を報じていく地方新聞社の現場を描いていく。その現場のやり取りと見ているとふ〜っと子供の頃に見た"事件記者"のシーンが浮かんでくる。全国紙に対する地方紙、ジャーナリズムとは対極にあるオーナーの理不尽さも、決して誇張に思えないほど、活字の裏側もなんとなく想像できてしまう今の自分がいる。
オーナー白河や販売局長伊藤の姿は、理想や正義感だけに見える新聞の現場が、実はビジネスや地方の名士、権力の一端として成り立っていることを当たり前のように見せることで、現実が救い様の無い空しさの塊であることを否応無しに見せつける。
そんな中で未曾有の事件の現場に接した人間が、ある種の打算を越えてハイテンションのまま突っ走り、それでいてそのギリギリのところで一線を越えられない心情を横山秀夫は”クライマーズ・ハイ"と表現したかったのだろうか?
あるいは、それさえも越えた親子として、家族としての心の繋がりがすべてを超越するものとして描きたかったのだろうか?残念ながら原作本を読んでいない今の段階では判らない。
いずれにしても、現実の事故の記憶が、それを実経験した過去の自分とのリンクとなり、そこに描かれる人間模様にその時代、時代の自らの心情を投影することで疑似タイムトリップを繰り返しているような気がした。

主人公の悠木とは7、8歳程の差はあるけれど、なんとなく過ごしてきた時代の空気に共有感を感じた。その意味では、ひとつの映画を見たという感覚とは違う想いが見終わった後も続いている。

24年前の日航機事故、そして今の自分の起点でもある37年前に起きた事件の数々(実はこの年、雫石では自衛隊機と全日空機との空中衝突があり、バンダイ号の事故も起きており,奇妙な符号を感じるが)、そして今に至るまでにはオウム事件や9.11、ベルリンの壁の崩壊、そしてある面資本主義の崩壊、とりもなおさず成長思想の限界を明示したサブプライム恐慌まで体験すると、そこにはその先の未来ではなく,過去のターニングポイントでの違う進路の未来を考えることが必要になってくる感覚に襲われてくる。

いずれにしても、日航事故が起きたその日に、それを取り扱った(実は人の生き方、家族との繋がりを綴るためのINDEXにしかすぎないけれど)映画を見るという感覚は、何となく疑似タイムマシンに乗ってその時代に瞬間移動をしているようなものかも知れない。それは事件の現場に行くというのではなく、その時代の自分の場に戻る感覚、ある面,自分のターニングポイントに立ち戻る感覚なのだけど、実際にはやり直すことができない現実の人生とは別に、その時、その瞬間の判断で、もうひとつの別の人生に想いを馳せることができるだけ、意味があるような気がする。

24年前と37年前、少なくとも今の私の生き方の原点として、37年前の時空の旅は精神的に大きな比重を占めている中、もうひとつの立ち止まるポイントになるかもしれない。

まもなくお盆。自分自身の失われた過去にも想いを馳せる時期にもなった映画だった。

6a00c2251d787df21900e398d57d7900015

| コメント (2)

2009-08-07

FJの意味、そして歌姫としての自覚。

2009年8月1日、まだ梅雨も明けぬ中津川、椛の湖畔では30数年前と同じ笠木透さんを中心とするメンバーにてフォークジャンボリーが開催された。

FJと言えば、1970年にはゆいさんのお母さんでもある小室のり子さんがステージ上で飛び跳ねてみえた映像が記憶に新しい。そして71年にはその、のり子さんに変わり最後の六文銭に加わったおけいさんが参加している。その意味ではおけいさんにとっても縁の深いイベントでもある。
35691672_3984856632s 35691672_3683144848s
※左は19歳のおけいさん。当然かわいいが,正直今のおけいさんの方が遥かに魅力的だ。写真はFJ主催者のサイトにあったものを拝借しました。
無論、世の中の多くの方にとっては、その事実よりサブステージで歌いまくった男を時代の寵児にしたイベントとして記憶していると思うけど・・

そんな真夏のイベントに、今回はおけいさんはひとりである。
まあ、今更その意味をここで語ってもしようもないし、セレクトされたメンバーは濃いとも言えるし、それでも昨今のフォークブームと言われる中では地味な印象はぬぐえない。新聞では豪雨の中、1300名余のオーディエンスを集めたというが、果たしてその意義はどこまであったのだろう。笠木さんには申し訳ないが、基本的には個人的な好き嫌い、あるいは時代を超えた怨念だけは、40年の歳月を越えても解決しない、あるいは心の溝を深めていったものがあったのかも知れない。そう、少なくとも40年ぶり、21世紀のジャンボリーとしての意味付けは参加者の構成から読み取ることはできなかった。
無論、おけいさんにとっては同窓会的な意味合いもあって、多少なりとも精神的にリフレッシュできたのならよかったのかなあと思ってはいるけど。

さて、これはほんの前振り。今回はFJがテーマではない。
そんな同窓会に参加された翌日、おけいさんは中津川とは恵那山と対峙した長野県の飯田市で猫とのジョイントライブである。

紅白みたいに次々に数曲をつなぐFJと違って、おけいさんの歌をじっくり聴きたかったので雨が上がることを期待しながら、それでも恵那山トンネルが近づくと前日の豪雨もと思わせる大雨でクルマの前がまったく見えない状況だった。
35691672_3789456215 35691672_519456696s

会場のふぉのは飯田の駅前の近く。ビルの地下1階にあった。
猫の皆さんにとっては3回目の会場とのこと、おけいさんは無論初めての会場である。如何にもというお店の造り、地方のライブハウス特有の雰囲気がある。天の邪鬼な性格なのか、なんとなくみんなで昔を懐かしむというのは性に合わなくて、やや苦手な雰囲気でもある。
猫は逆にそんな雰囲気に合わせるのがお得意なのかも知れない。その意味では前半の猫のステージでオーディエンスは十二分に暖まっていた感じがする。

サプライズはてっきりいつもの常富さんのサポートかなっと思っていたら、おけいさんのソロの定番でもある一晃さんが参加されるとのこと。
猫とおけいさんはいつものクルマでの移動だから,高速を使えば中津川からは30分程度だけど、一晃さんはどうやって辿り着いたんだろう。少なくとも電車だけで乗り継ぐことは可能だけど、塩尻経由とか豊橋経由なんてとんでもなく大回りになる(一般的にはバスかクルマでの移動だろう)。
何はともあれ,一晃さんが見えることで"おけいさんのライブ”に来たという実感が一気に湧いてきた。

35691672_91053204s
これまで知らない場所でのライブとなると、おけいさんも最初は手探りの感じがあるのだけれど、ひとりでFJのステージを努めあげたからなのか、はたまた待望のソロCDが発売されたからなのか、とにかくスタートから自信に満溢れ、馴染みの猫が暖めたオーディエンスを一気にご自分の世界へ引き込んでいた。
最初はあれだけ雨にたたられながらも"あめのことば"でまる六時代をおさらいし、六文銭'09としての代表曲となるかも知れない"一緒に帰ろう"、そしてソロとしてのライブで磨き上げたおけいワールドの集大成のような"しずかな雨"を名刺代わりに、なんとなくFJの流れで70年代のノスタルジーを暗にイメージしていたオーディエンスを完全にノックアウトしていた。

ここで一晃さんに加えて、常富さんがギターで加わる。
雰囲気は若者と爺のような二人の侍従を従えたお姫様の様。気遣いしすぎるくらいのおけいさんだけど、自らが先頭を走ることで、そのパワーで応えることが役目であることを自覚されたようだ。
ツインギターで歌うのはソロCDのタイトル曲でもある"初恋"。それにしても”しずかな雨”、”初恋"の2曲ってなんて難しい曲なんだろう。それをこともなげに歌うおけいさんは確実に新しいステージにステップアップされたようだ。
35691672_2835972256s 35691672_3045460024s

発売されたばかりのCDの話を織り交ぜながら、リップサービスにも余裕が伺える。常富さん作の"ささやかでも愛の歌"に続き、内山さん、石山さんも加わっておけいさんが作った"うれしくて"を。今日のフルバックになっても、いつもならオリジナルでも猫っぽい感じになるところを、すべてを従える形でおけい色に染まっているような気がした。

ここで一転、はじめて作った曲でもある"ホワンポウエルの街"は内山さんのパーカッションも加わって海寄りの街並のように響いてくる。なんとなくアレンジがユーミンっぽく感じたのは私だけだろうか?
そして、オーディエンスの余韻をくすぐるように"ガラスの言葉"と続く。

これまでの猫のジョイントだと、またここで猫のステージに戻るのだけど、もはや今日の主役の座はゆるがすことはできない。
CDではセルフカバーの"インドの街を象にのって"を。

そして今やおけいさんのライブでは欠かす事のできない歌、2007年の広島でのライブからだろうか?おけいさん自身も認めてみえたほんの僅かなためらいよりもこの歌の持つ世界観が再び歌い始めたおけいさんには何より必要だったような気がする。
初めて聞いた時は正直、胸が詰まる思いがあった。それを自ら歌うおけいさんの想いはどんなものだったのだろう。しかし回を重ねるごとに凛とした想いがどんどん響いてくるようになった。多分、その歌を昔の微かな四角佳子の記憶として懐かしさのシンボルとして聞くオーディエンスは驚愕するはずだ、それは今や完全におけいさんを代表する1曲と言える"春の風が吹いていたら"。
ただ、今日は少しゆったりした感じに・・まあ、たまにはいいかな(これはあくまで個人的な趣向なのでお許しを)。

おけいさんパートの最後の曲は"旅の途中"。その歌詞との直接の関係はないけれど、2000年に再び歌い始めたおけいさんも来年で10年を迎える。ソロとしての活動でも5年目となる。いろいろな節目を迎える前に、間違いなくあたらしい一歩を踏み出したおけいさんを感じさせる夜だった。
もちろん、遅れて来た歌姫としては未だ"旅の途中"であることに違いはない。これからもまたどんどん新境地を開拓するパワフルなおけいさんに出会えるに違いない。

定番のアンコールでは"出発の歌"、そして猫としての"海は恋してる"で飯田の夜は更けていった。
若田さんお帰り』って出発の歌の中で叫ぶおけいさん。同時に最後までおけい色に染まった夜でもあった。

35691672_4132521456

| コメント (0)

2009-08-02

2009年、8枚目のカレンダー。

年12枚のカレンダー、今日から8枚目に入った。
日々の積み重ねより季節の移り具合で感じる時の流れも
いっこうに開けそうにない梅雨の態度に夏であることさえ忘れていた。

学生なら夏休みとか受験などで,否応無しにカレンダーを意識するのだけれど
昨日と変わらない今日が当たり前になっている身としては
自らの老いという季節を越えたロングスパンの時の流れしか能動的に感じることはできなくなっているのかも知れない。

2009年という、いかにも中途半端な区切りのない年の宿命なのかしら。
鉄腕アトムを楽しみにしていた時代に夢をはせた21世紀が目の廻りに溢れているはずなのに、夢の未来はそこにはない。

確かにパソコンや携帯電話はほんの15年程前のエヴォンゲリオンの予測よりも進化しているのかも知れないけれど、アトムの時代に夢見た未来はIT進化よりも人としての心の豊かさも進化のひとつだったはずなのに、無機物の進化とは裏腹にそれを享受すべき人の心は停滞したままなのは何故だろうか?

まさか21世紀の未来に宗教観を土台とした殺戮がくりかえされ続けることを誰が予想したのだろう?
そう、未来は思想も宗教も人種も(ホントは宇宙もだけど)越えた豊かさがキーワードだったはずなのに、進化の幅だけ格差はかえって広がってしまい、その心の隙に既存の宗教だけでなく、エセ宗教、カルトまで浸食してしまっている。現実の未来には物質的格差のはけ口として心の傷にそれはどんどん浸食し続けてしまっている。

どうしてなのだろうか?

残念ながらその答は19世紀に出ていたのかも知れない。
結局、この時代まで進化の原動力となった資本主義は実はもともと限界のある思想だった。資本主義の基本って、拡大再生産。そう、近代資本主義って際限のない市場と資源を前提としたもので、誰もが宇宙船地球号じゃないけれど、そのいずれもが有限であるという現実を知ってしまった今では、その進化の根拠を失ってしまったと言える。

実はこのことに一番最初に気づいたのは誰あろう、その資本主義の権化でもあるアメリカだった。今の不況の元凶でもあるサブプライムを発端とする金融恐慌は実は資本主義の限界を知ったアメリカの最後の劇薬によりカンフル注射だったのだ。すでにモノ作りの基盤を失っていたアメリカには軍需産業以外さしたる産業はなく、この国の最後の賭けはバーチャル資本主義とでも言える、究極の錬金術だった。金で金を生む、ヘッジファンド。しかしそのヘッジファンドの資金こそ、アメリカが国家がかりで取り組んだ金融政策だった。

すでに世界最大の債務国であったアメリカの通貨であるドル。変動相場制の中、大幅下落して当たり前なのに、当時のFRB議長(まあ,日本で言えば日銀総裁かな)は高金利政策を取って、世界中から9兆円もの資金を集め、内6兆円を国内にバラマキ、残りの3兆円を運用することで(6兆円の運用益を得る)ことで金融バランスを取るという綱渡りのような政策だった。

実はこの政策は日本の経済政策とも密接にリンクしていて、本来なら大債務国のアメリカに物を買う余力などないのだが,先ほどのバラマキ施策と相対的な作られた円安によってクルマや電気製品の巨大で実体のない市場を作り上げてしまった。

そう,金がないのにバーチャルな金に踊る市場に踊らされて、見かけの好況を作り上げたあげく、その輸出産業の失速で、本来金融不況とは最も遠いと思われた日本の受けた傷の深さは今もまだ続いている。

おっといけない。横道に大きく逸れてしまったけれど、
言いたかったのは、今回の不況は80年代のバブルの後遺症とは根本的に異なる、ある面20世紀の繁栄のつけがきた、極めて構造的な不況であること。それにもかかわらず金融緩和策で再び流動性資金を膨らませたり、バカのひとつ覚えのように、それに乗じた機関投資家の思惑のみの株価アップに不況脱出を関連づけている連中には、この不況というか経済状況から脱出はできないだろうと・・
株価が10000円を越えたからと言って、庶民感覚では景気が良くなった実感がないとは当たり前のことなのだけど。

別の視点で言えば、
いつしか人件費を原材料費同様にコストのひとつとしてしか見なくなってしまった企業ばかりになってしまったこの国にとって、収益アップの一番の要因が人件費抑制である以上、株価が上がったり、経常利益が向上したからと言って真の景況感アップには繋がらない。

年功序列はともかく、労働者の大半が企業の一員として一体化していた時代とは根本的に異なる、リストラした経営者が評価され、受け皿のない労働難民が溢れても企業さえ生き延びればいい、自己責任という耳障りのよい言葉で社会の一員である企業としての責任の放棄を当たり前のようにしてしまった今の日本において(スクラッチ&ビルドではなく、前述のようにビルドする余力がすでに無くなってしまった今では)果たして企業収益向上だけで景気向上が図れるのかということを気がついてもいいのだけど・・

こんな社会環境が根本的に変わっているにも関わらず昔ながらの企業のみに焦点を当てた政策の羅列では、逆に格差の拡大を助長してしまうことを政治家もいい加減に学ぶべきだろう。

8枚目のカレンダーをめくってみて、
その変化の無さと、出口のないことを知ってしまった世界の未来。
多分、物質的な未来は、奇跡のような偶然で地球以外の新たな惑星でも見つからない限りは本質的には訪れないだろう。
結局、それまでは形を変えたトリックのようなバーチャルゲームで時間稼ぎをするしかないのかも知れないけれど・・
真の21世紀型、シアワセの形のような物質的には少し逆戻りしても、心の進化を考える時代になってもいいのかなと、梅雨の中で迎えた8月に考えていた。

| コメント (2)

2009-07-26

許容範囲内の感動と悲しみ、そして・・

再び赤いオクラのお話です。
比較的栽培しやすい部類の野菜だけど、効率論でみるとスペースの割に収穫量は限られます。
こんな大きな花に1個しかなりません。花は順次咲いていきますが、我が家でも10株ほどありますが、1日に収穫できるのは4〜5個程度なので仮にオクラ農家となると余程高価でないと成り立たない計算になりますね。
前にも書きましたが赤と緑のオクラは色だけ、しかし茎自体も赤いのは不思議。
花は同じ薄い黄色の大きな花が咲きます。
Rimg0205_2 Rimg0207_2
※赤オクラと普通のオクラの身と花です。

さて、大竹まことのゴールデンラジオ7月16日のオープニングで紹介された朝日新聞に寄稿された辺見康の文章、主体は死刑制度についてのものだけど、ジャパネスクとして論じられた日本人論の定義に何故か釘付けになった。
時あたかも各局のネット強化月間なのかマラソンプログラムが続いている。そこで繰り広げられる"感動"プログラムを見ると、見事までに予定された"感動”を日本人に合わせて見せ物として演出されていることに愕然とした。
来月末には政治ショーと同じ日に予定されている24時間マラソンも控えている。予定調和の中の感動ストーリーもまた、この日本人論の範疇で繰り広げられるのだろう。

肝心のその日本人の精神構造について、
"概して悩む事ができることしか悩まない、耐えることができる悲しみしか悲しまない、自分の苦悩の器を越える大きな悩みや悲しみを無意識の内になかったことのようにする傾向がある"
と定義している。

問題はこの世の中に起きる悩みや悲しみの大半はこの範囲を越えているもの。
当事者になれば否応無しに自らのものになるものの、そうでなければ、そこへの想いが及ばない。及ばないどころか自分とは無関係のものとして平気で無視できてしまうことが恐ろしい。
あるいは、真の悩みや悲しみから目をそらすための道具として機能しているとしたら、その為に見失ってしまうものこそ大事なものではないかと思う。

当事者とそうでないものとの間にある断絶。
その中で完結してしまう悲しみや悩みに何の意味があるのだろう。
人ごとだからできる感動なんて、本物じゃないよね。
作り物は所詮作り物、それをあたかも現実のように演出されて、それに涙することで自己完結してしまうなんて、心までプログラミングされてしまっているようで、たった1回限りの人生をフィクションで生きるみたいで、どうにもやるせないし、少なくとも私の人生ではあって欲しくない。

そんなことを考えていたら、
大雨と
雷と
スコールのような豪雨の合間に
天使のように舞い降りた蝶の姿があった

でもあの突風と豪雨をどうやって避けているのだろうかなあ。


Rimg0202_2

| コメント (0)

2009-07-15

北海道のカラスに関する教訓2

Ishot10
※これレンタカー村の航空写真です。全部レンタカーの会社です。

日帰り仕事で北海道へ行ってきた。
朝9:00の飛行機で新千歳空港へ
実はこの季節、北海道はレンタカー天国となる。

千歳空港のすぐ近くに広大なレンタカー団地がある。
すぐ近くと言っても広大な空港のこと。実はこれが悲劇のはじまり。
空港には空港内のカウンターで手続きをすると各レンタカーのマイクロバスが
そのレンタカー団地へお客を運んでいく。
その数、トヨタレンタカーから日産、本田、マツダのメーカー系にニッポン、オリックス、Jネット、ジャパレンなど考えられないくらい空港と団地を往復している。

今日の仕事はその団地内。
基本的に空港からは予約した者しかこのバスに乗れないので
タクシーも近すぎて怒られるかなあって,時間もあるから歩くことにした。

これが悲劇の二つ目

広大でまっすぐで広い道を例のレンタカーバス、タクシー、勿論大型観光バスが札幌方面にめがけて走っていく。同じペースでレンタカー団地から帰る客を乗せた各社のレンタカーバスとやタクシーが空港へ向かっていく。

そんな中、私はレンタカーバスの向かう先を目印に広い歩道を、歩いていく。
只でさえ人が少ない北海道で、空港エリア、まっすぐのびる歩道には,否視界が効く360度見渡してもクルマ以外の人影は見えない。

30分位歩いただろうか?
荒野を進む(そう空港エリアということで道の廻りには木陰さえない。あるのは高さ3m以上の街路灯のみ)感じで一向に進んでいる感覚がない。
周囲が明るすぎて携帯のナビ画面が見えないので自分の位置も確認できない。

北海道とは言え日差しは強く、う〜んこの辺りが潮時と思い、歩道横の2mくらいのグリーンベルトを横切って道路脇まで行って空車のタクシーでもいないかと探ってみた。
しかし、当然だけどそんなタクシーは皆無で、歩きながら見つけることにした。

仕方なく歩いていると,突然頭に衝撃が!
えっ何って思って後方を見ると、黒くて大きなカラスが再びこちらに向かってくる。思わず頭を抱えようとする間もなく第2波が襲ってきた。"痛っ"
人間なら何するんだよう!って言うところが、カラスに通じるはずもなく、
第3波、4波と合計4発の爆撃を食らってしまった。
幸いというか衝撃の感覚から、あの鋭いくちばしではなく、何本かの足の感覚があったので足蹴りのような感じなのか・・

何これ、
ヒッチコックじゃあるまいし、
どうみても野うさぎや鼠には見えないでしょ?
とにかく襲われた理由は判らないけれど、変な恐怖が残っている。

すると、まさかこの様子を見ていたわけじゃないけど,空港へ向かうタクシーが急停止した。このチャンスを逃すまじと大きく手を上げると、タクシーがバックして戻ってくる。
"やった。助かった!。これこそ地獄で仏だ"とタクシーに乗り込んだ。
"すいません、本当に近くて申し訳ないけどレンタカー団地へお願いします"
すると初老の運転手さんは"よかった!12時50分までに空港へ行かなくちゃいけないので、遠くへ行ってくれって言われたらどうしようかと思ったんだ。"と続けて"いや〜、こんなところをスーツ着た人がひとりで歩いているんで、おかしいなって思って止まったんですよ”とも。
まあ、それだけ私の行為はこの地では常規を逸した行為だったみたい。

実は団地まで950円。約3km近くは歩いているから、空港からの距離は5Kmはあった計算になる。歩かなくてよかった(ホッ)
目的のレンタカー店に着くと、このタクシーを待っていたかのように一人の方が"運転手さん、空港まで急いでいってくれ"って乗り込んでいった。シャトル便は5〜10分間隔で運行しているから、こんな所にタクシーなんてめったに来る事がないはずなのに・・
くだんの運転手さんは私の方を見て、にっこり笑って手を振って空港へ向かっていった。
そう、情けは人の為ならず。空港へ空車で向かうはずが、2人もお客をロス無しで拾えたのだから。

皆さん教訓です。
困ってそうな人がいたらまずは助けると、いいことありそうですよ!?

さて、カラスの襲撃の理由は・・・
あの運転手さん曰く"今ねカラスの巣作りの最中だから、お客さんが巣を荒らしにきたと思ったんじゃないかな?何せ、クルマにも襲ってくるくらいだから"ですって"

ここでもうひとつの教訓。
北海道では荒野の一人歩きは危険です
。 ですか?

| コメント (2)

2009-07-13

初恋に恋して OK's SQUARE 8th

34606273_4264046110 34606273_2285067296

※ソロのおけいさんの原点、SQUARE も8回目。今回はソロCD発売記念の節目となる回。幸運な3名の参加者にはおけいさんのサインがパンフに!やった、ゲット!!

自他共に認める雨オ・コの存在でこれまで何度も雨のSQUAREになってきた。
梅雨の真っただ中の今回、誰もが雨を予想したのだけれど・・
ただ、おけいさんの今年3回に渡る北海道のツアーを見ると、梅雨のない北海道だったはずが、ひょっとしておけいさん自身が雨女かと疑いたくなるくらいのお天気が続いていたので,雨オ・コvs雨オ・ナで相殺されたのかも知れない(笑)

とにかくこの日を迎えるまでの期間、おけいさん自身は1週間単位での連日のライブとその合間を縫ってのレコーディング、それにまつわるいろいろなお仕事で目の回る忙しさだった。
もともと手抜きがお得意ではない真面目な性格、何よりお気遣いが人並みはずれたおけいさんのこと、肉体的以上に精神的にも大変だったのは容易に想像がつく。
その意味ではひとつの区切でもあるSQUAREを迎えたことで、CD発売と合わせホットされた感じがステージからも伝わってきた。特に今回は常連さんの比率の高い東京でのSQUAREということで、いつも以上にアットホームな雰囲気でスタートしていった。
34668532_2550231353s 34668532_12529658s

※やはりおけいさんには笑顔が似合う。歌声同様癒しのオーラが広がる。

さて今夜のセットリスト。どうやら1部は六文銭やまる六、六文銭'09としての歌を中心に一晃さんとのいつものコンビで、2部となる後半には今日だけのスペシャルユニットWater Eggplants :Sin(key)古橋一晃(g)入倉リョウ(perc)尾張屋閑七(b)が加わってのCDからの曲が中心となるらしい。 

それにしても最初の曲は,当然雨が降る事を想定したような"あめのことば",おけいさんも思わず雨乞いみたいになっちゃったと。続いて"ただあたたかくカラッポに"。まさに28年振りに再び歌い始めた時期にそんなおけいさんの為に作られた曲で、CD発売までの軌跡を辿るように進んでいく。

時代は六文銭時代に遡るけれど、実は同時におけいさんがソロでライブを始めた時にひとつひとつレパートリーを広げていくようにした歌が続く。
メモリアルではこへさんが歌う"傷ついた小鳥"、そして猫との北海道ツアーの楽しい話題をお話しながら六文銭時代から歌っていた"この大空に捨ててしまおう"。

時代は一気に最近の六文銭'09の歌、ユニットではゆいさんと姉妹のようなユニゾンで聴かせる"木の椅子",ここで客席から『おけいさん綺麗!、おけいさんかわいい!』の声が飛ぶ。歌い出して9年、20歳で一端引退したわけで実質29歳と言っても誰も疑わない美しさというかかわいさなのか?
再びおとのばから"一緒に帰ろう"をしっとりと。

初恋につなぐ歌として選択されたのは、ある面ソロとしてのおけいさんを支えてきた、また今回のCDでも一番多くの楽曲を提供している木村香真良さんの曲"しずかな雨"。クレジットでは香真良さんも演奏に参加されていたので正直ホットしていた。おけいさんの"香真良君どうしてるかなあ?"って話して歌い始めた。確かに転調の多いむずかしい曲だけど、途中おけいさんの声がゆらめいた箇所があったのは声の調子がというよりは、ここまでやっときたという9年間の想いが一瞬頭を過ったからなのではと思う。

1部最後は、2部を先取りする形でキーボードのSinさんが加わる。
タイトル曲でもある"初恋"。ここでおけいさんの初恋の話、突然小学校時代と中学時代の恋?の話を。やさしい子とかっこいい子、でも初恋だから二つはおかしいですよね?
こへさんの詩は高校時代の雰囲気、切なさが伝わる歌詞と小室さんのむずかしい曲、歌いこなすのは大変だろうな?どこか同じ曲名の村下孝蔵の曲に通じるものを感じていた。
これで2部に移ることで同時におけいさんのソロ活動も新しいステージにステップアップすることを意図しているような気がする。
34668532_237786031s 34668532_3716911992s

さて休息を挟んで2部はステージ一杯に4人のバックバンド"Water Eggplants"が控えてスタートした。因みのネーミングはおけいさんの大好きな水茄子に由来するそうな。
2部は"うれしくて"、この曲は今更説明不要だけど唯一作詞作曲の曲、続いて一番最初に作曲した曲として"ホワンポウエルの街"の新旧2曲でスタートした。

さすがにキーボードにパーカッション、ベースが加わることで一気に音に厚みを増して行く。オリジナルの"かざぐるま"に続いてポップス調の"君のために"

ここで"シアワセになれる天才"が。おけいさんのシャレた詩に、木村さんがシャレた曲をつけた、しばらく”無題"あるいは仮称”たまにはね"として作られた曲。これははおけいさんのお父様、明治男としてお母様をおいてさっさと歩かれていたのをイメージされたとか?いずれにしてもおけいさんの新しい一面を魅せる曲だと思う。

更に最近のライブでは定番の"私の青空"。おけいさんが大好きな曲だ。

CDでは一番最後に収録されたこへさんの詩に常富さんの曲"ささやかでも愛の歌"新しい曲なのに何故か懐かしさが蘇る曲だ。

そしてエンディングは、おけいさんがソロで歌うようになって新しい命が吹き込まれた曲"春の風が吹いていたら"。ある人には懐かしい曲なのだけど、その底辺に流れる意味は全く異なっているように思う。かわいさでなく、おけいさんの強い意志、まさにそれがあったからこそここまで来たととも言える、今のおけいさんの内に秘めた強い想いを表現していると思う。何より香真良さんの奏でたあのイントロが流れるだけでその世界へ入っていけると思う。
東京ではめずらしく、一緒に歌い拍手のままにエンディングを迎えた。

お約束のアンコールは定番の"インドの街を象に乗って"そして"旅の途中"。

初恋の告白?を二つしたおけいさん。でもひとつだけでなくいろんな初恋があるのがおけいさん流なのかなあ。
初恋って本来それが恋だと気づかず終わるもの、しかし今のおけいさんは確かな想いとしての新しい初恋に出会ったのだと思う。

歌という恋に恋したおけいさんの新しいステージへ、我々はそんなおけいさんの初恋をこれまで以上にサポートしていかなければと思う。
それは同時に初恋、おけいさんに恋してしまった我々の為にもだろうし、まさにステージアップの旅の途中のおけいさんの為に。

 34668532_2111606930s

| コメント (6)

2009-07-07

たなばたの日 おけいさんの初CDについて・・

29357780_812320669s 29357780_251580139s
今日はたなばた。
2年前の七夕はおけいさんのライブで茅ヶ崎へ行っていた。
茅ヶ崎は平塚の近くということもあるのか、結構賑わっていた思い出が蘇る。

あれから2年しか経ってないのか・・
正直、CDを出すだけならライブ盤でも、インディーズでも出せるし、何よりこのすばらしさを
この場に立ち会えない多くのオーディエンスに知らしめることの方が重要だと考えていたのだが・・そんな我々のせっかちな想いをよそに
おけいさん自身はずっと期が熟すのを辛抱強く待っているように思えた。

そして明日8日には待望のおけいさん初のソロCDが発売される。

そんな意味でもこのソロCDの発売、おけいさんの夢のひとつであるのは確かだろう。
とにかく、この歌姫ときたら、
こんなにステキなパフォーマンスを我々に魅せてくれるのに
どこまでも謙虚で、ご自身の魅力にはなぜか懐疑的な感じがしてならない。
そんな彼女にとって、
ご自身のパフォーマンスがCDという形で記録されること、
メジャーレーベルから発売されることで
唯一自らの価値を確信できるのかも知れない。

勿論、我々にできることと言ったら
心からリスペクトすることはできても、
その想いを具体的に伝える術をもたない。
ライブに集うこと、声援や感動の拍手を送る事はできても
彼女自身に自らの魅力を納得させるにはあまりに無力のような気がする。

30数年前、六文銭としての1枚のLP
六文銭としての出発の歌
メモリアルとしての2枚のLP
・・・
そして
28年振りに再開した活動での2枚のCD

確かにそれは彼女だけの魅力の証ではなかったのかも知れない。
そうじゃないですよ!それらはすべておけいさんあっての
魅力なのですよって言ったところで、彼女自身を納得させるだけの
言葉も力も持ち得ていない。

そんな意味でも明日発売される"初恋"で
歌に、そして歌う事に恋したおけいさんが自らの魅力を確信して頂けるのなら
我々は、少なくとも私はどんなにうれしいことだろう。

そう貴女は本当にステキな歌姫なのです。
歌う事で、その場にいるだけでどれだけの心の安らぎを与え、
遠い記憶を瞬間に時空を越えて蘇らせることができるのかを
そんな魔法の歌声を、あらかじめ与えられた天賦の才能であることを
どうか確信してください。

そして同時に、貴女自身の魅力は
CDの中だけに留めることは到底不可能なことであることを。

たなばたは1年に1度のめぐりあいかも知れないけれど
このCDは30数年目にしてはじめてのおけいさんのマイルストーン、
ただ、おけいさん、これは決して目標ではないですよ!
単なるはじまりにしかすぎません。
貴女自身がご自身の魅力を確信して、より多くのオーディエンスに
魅惑の歌声を伝えるスタートなのだと思います。

たなばたの日に願いを込めて。

| コメント (0)

2009-06-29

だいえっとの真実?

33781908_2975448913 33781908_1134702289s
※ダイエット後の体重と体脂肪率。
実は半年以上前からダイエットに取り組んでいます。

私の姿をご存知の方からは"痩せてていいね"言われることはあるんですが、
自分自身としては、18歳の頃の体型に何とか戻れないものかと願っていたんです。

くどいくらいに書いた、おけいさんや六文銭'09の皆さんにお会いして、
10代と時空が繋がったと言っているのに,鏡に写る己の姿を見て脂汗タラ〜リでは片手落ちのような気がして・・ネ。

お会いになったことがない方には信じられないでしょうが、おけいさんときたら、信じられないほどの若さと美しさ、スマート&スタイリッシュ、どうしてこの方がお姉様なのかと、横目でちらり見する同居人の姿からはとても同じ生物とは思えないお姿なんです。

しかも、お聞きするところにによるとおけいさんは120歳まで頑張るとのこと。同じことを桃井かおりさんも言っていたって?、正直、今のお姿を見る限り、あながち冗談とも思えないのです。

おけいさんが120歳なら、こちらも頑張らねばなりません。時の流れにまかせて怠惰になった体型も、心&精神同様10代に戻して、しっかり追いかけねばと思った次第。

因みにおけいさんの若さの秘訣は毎日欠かさぬストレッチとか!?
無論、ものが違うのでそれだけで若さを維持できるはずもないですが。

さて、取り組む前の数値は175cm/体重67kg/体脂肪率は20%前後。 ウエスト80〜81ってところです。まあ、年齢的には中肉中背平均値ってとこでしょうか?

とは言え、特別なことをするわけではありません。
主体はテレビで見た骨盤回し&腹筋ストレッチです。時間にして朝晩5分+α、それ以外には特にスポーツをするわけでないので、とにかく継続だけは心かけました。

しかし、数ヶ月は全くと言っていいほど変化なし。わずかにお腹廻りのゆるみが少し変わったかなっていう程度です。
更に問題は、野球好きの山岳部だったせいか、体重以上に腰回り&太腿が大きく、上着がY体でもパンツは1サイズ大きなものでないとという感じなのです。

しかし、やはり継続は大事ですね。
朝、朝食後に骨盤回し左右50回、八の字回し50回、仰向けになっての骨盤踏み込み50回に腹筋10回のセット。
お風呂の前に骨盤回し左右50回、八の字回し50回。
そして寝る前に再び仰向けになっての骨盤踏み込み50回に腹筋10回、但しこれは居眠りしてよく休んでしまいます・・。
それでも、なんだかんだで半年以上は確実に続けてきました。

変化は突然?やってきました。
クールビズ用にジャケットとパンツを買いにいった時に、いつものA6体のパンツ、ウェスト82cm用をはいてもどうもしっくりこない。数年振りにプロにウエスト計ってもらったら"77cmしかないですよ"ですって。ええ〜10代のウエスト76cmにニアミスじゃん。
どおりで最近ジーンズが緩んでくるなって思っていたけど・・

そして、リフォームついでに体脂肪まで図れる体重計を購入して・・
体重62.1Kg 体脂肪15.1% エ〜っていう感じです。
予想を上回る効果です。
となるとこれをどう維持するか?
そうしないと購入したパンツが今度は履けなくなってしまいますもの。

ところが、です。
好事魔多しとはこのこと。と言うか、
前の会社の時、20年近く仕事を一緒にしていた知人、
彼も当時の会社を辞め、独立して同じような仕事をしていたのは知っていたのですが、そう彼はおけいさんと同じ年のはず。
実は数ヶ月前に偶然駅で見かけたのですが、顔は土色、生気が感じられなくて結局、声もかけられなかったのですが、今も時々合う共通の知人に"彼大丈夫なの、肝臓かどこか絶対やられているよ"って話していたのですが・・

数日前、その共通の知人から、その彼が"喉頭癌で、転移までしている"そうだ"酒を飲むのにも喉が痛くてようやく医者に行って判った"とか・・
彼らしいというか、昼間から酒をのみ,ヘビースモーカー&麻雀好きで不規則な生活習慣だったけど。彼はある面、自業自得だけど、婚約パーティを企画した身としては奇麗な奥様と成人しているとは言え、ひとり娘のお嬢様が気の毒で仕方ない。
話では、地元の総合病院では手に負えず、休み明けには癌センターへ入院するそうだ。

その話をカミサンにしたら、
"あなた、ダイエットしたって言ってたけど、癌じゃないの?"ですって。
余り健康すぎても心配されるみたいです。

でもね・・
といろいろ考えさせられる夜でした。

| コメント (0)

2009-06-21

小樽にて六文銭'09 ライブ、生きているライブということ。

北海道巡礼2日目、函館からの移動はレンタカーで。
朝9時に予約してあるレンタカー会社へ。車両指定はできなかったが、用意されたクルマは旭川ナンバーのインプレッサ4WD。一人の移動にはもったいない感じ、しかも雪もあるわけないし・・。

今日のルートは事前に北海道出身の方に教えて頂いた基本は5号線を北上するルート。大沼〜倶知安〜余市〜小樽に至る280Km、新婚旅行以来のニセコも通過する予定だ。このルート函館本線も平行して走る。六文銭の皆さんは列車移動のはずなのでどこかで邂逅するかも知れないな。
33781908_2901075187 33781908_3253475755
※こんな駅舎が続く・・函館本線の特急北斗。スーパー北斗はもう少しおちょぼ口だけど。

ノンストップで走れば4時間弱の距離、だけどせめて少しはベストシーズンの北海道の一部も感じたいということで高速は八雲〜長万部区間だけ、後はひたすら5号線を走っていく。大沼まで函館本線と平行して走る。無人駅もいくつかあって取りあえずクルマと人が少ない以外特に特徴のない道が続いていく。以下はいくつかみつけた北海道の初夏のワンシーン・・
33781908_721336301 33781908_2461417249
※突然現れたエゾカンゾー(多分?)の群生地。そしてクルマのいない道路。

33781908_2375614992 33781908_1316654918
※こちらはエゾ富士。数十年前の新婚旅行はニセコへのスキー旅行だっけ。但し私はひとりホテルで風邪で寝込んでいたけど・・。そしてもうひとつの北海道の初夏の象徴?ルピナスの花。

さて、紀行文はこれくらいにして本題に移らなくては・・
函館の次の聖地は小樽。私にとっては2回目の街、カミサン達とツアーの観光コースとして数時間滞在しただけなので所謂街並をじっくり見るのは初めてとなる。しかし、函館とよく似ている。港に向かって坂道まるけ、運河に添った古い倉庫群や煉瓦or石造りの古い建物、強いて言えばロープウェイがないことくらいかな(笑)
今日の会場は一匹長屋、フォーク系の居酒屋ライブハウスである。こへさん、おけいさんをはじめお馴染みのお店ということで、アットホームな感じのライブになる予感。お店はメインの通りからアーケード、寿司屋通りを越えたあたりにあった。海岸線と平行する通りということで坂道はないのは助かるなあ。

33781908_2377000395 33781908_1469455985
※海に向かってこんな感じの傾斜がある。お店はこの奥にあった。

定刻は7時半、会場についた時点でほぼ満席の状況。入り口側に席を確保して開演を待った。まず小室さんとこへさんが定位置についてチューニング、おけいさんとゆいさんを呼び込んでライブがスタート。

まずは函館同様に"夏・二人で"から。同じように小室さんとゆいさんがポジションチェンジする。昨夜以上にマイク不要な感じで会場中にギターの生音が響き渡る。

今日は2部構成なのでセットリストも変わるはずだけど、"雨が空から降れば"同じようにおけいさんのお帰りなさいソングとしての"ただあたたかくカラッポに”"面影橋から"と昨夜と同じ曲順で進行していく。

ただ、曲順は同じでも会場の違い以上に昨夜とは明らかに異なる空気感が会場全体を包み込んでいった。
そう、六文銭'09は究極のライブバンドだと思う。小室さんにしろ、こへさんにしろオーディエンスの息づかいが聴こえる場所でのライブを積み重ねてきた方々である。ある面、オーディエンスの理解度に合わせていろんな駆け引きを仕掛けてくる。何よりそんな流れというか空気感を途切れさせないために乗ってくると逆にMCが少なくなる。
とにかくこのお二人ときたら、片方でお互いに仕掛け合いながら、同時に二人で共謀?してオーディエンスにも仕掛けてくるのだから、その感覚はCDをどんなにすばらしいオーディオセットで再生しても得る事ができないものだと思う。

前にも書いたけれどCDを天井にライブではその音に近づけることに汲々となっている者がどんなに多い事か?あるいは再現性がないことを承知でMCで誤摩化すのも多いけれど、更には金にあかせて大編成のバックで違うパフォーマンスにする者、それに対し六文銭'09はそこがどんな会場であっても、我々の想い次第でいつでも最善のパフォーマンスを魅せてくれる。だから巡礼の旅はやめられない。

そんな流れの中で、"街と飛行船""ゲンシバクダンの歌,"戦場はさみしい""おしっこ"とたたみかけるように続いていく。

とにかく今日の小室さんのテンションは凄い。小室さんの両腕はライブが始まると愛用のギターと一体になる。ネックを支え弦を押さえる指、弦をやさしく弾き、かき鳴らす右手の指自体が最上級のピックの様だ。まるでひとつの体の中にヴォーカリストの小室さんと右腕と左腕の天使が宿っているようだ。
ゆいさんによると特に最近全体のその傾向があるとのこと、多分、50年近く休むことなく続けられてきたそのパフォーマンスは奇跡と言ってもいいのかも知れない。少なくともライブではその腕や指の動きをみるだけでも感動するはずだ。

さて前半は後2曲、同じように戦争に向かっていった時代の空気にきな臭さを感じた中也に想いをはせて"サーカス"を。そして突然、こへさんが客席に移り3人と対峙する形で"引き潮"を。自然なサラウンドのように会場全体にやさしい声と2本のギターの音色が包んだいった。

休息を挟んで、後半はおけいさんの初CDである"初恋"のご紹介から、こへさんや小室さん親子のCDの予定など,個の集合体、おとの場に集うメンバーであることを印象づけるようにメンバー紹介からスタートした。

最初の曲はおとのばの収録曲であり,同時に最後の唯一の六文銭のLPのタイトルでもあった"キングサーモンのいる島"。とにかく転調を繰り返しながらこへさんの伸びやかなメインヴォーカルの大好きな曲だ。
以降は主にメインを取る方が曲を紹介していくスタイルに。
こへさんの曲だけど、ゆいさんとおけいさんのユニゾンがステキな"木の椅子"をゆいさんが、そしてこの日お誕生日でもある糸田さんの詩にこへさんが曲をつけた"一緒に帰ろう”を当然おけいさんが紹介する。この時は再び小室さんがおけいさんの横へ移動してソロヴォーカルを際立たせる。

"ひげのはえたスパイ"で再びスパイ物語の関連を話そうとして、なかなか進まない話にゆいさんから"頑張って"と声が飛んで、こへさんに話をまとめられてしまいそのまますねたように、歌に入っていく。
続いて今度はゆいさんがさがゆきさんの"大きなグミの木の上で"を紹介して歌いはじめる。

いよいよ終盤に向かってラストスパート。どうやら糸田さんの詩に連れられて姿が見えない?オーディエンスもやって来たようで、ステージや客席でいたずらを繰り返しているらしい。その流れのままに"いのちかえす日”そして一緒だけじゃなくみんなで生き様をわいわいがやがやと語りながらやってくるという"12階建てのバス"で後半は終了した。

当然のアンコールに入る前に小室さんが"どうせアンコールするなら最初からアンコール分を歌えばいいのに"と呟くと、おけいさんが"そうしたらエンドレスで終わらない"と反応、それを受けて再び小室さんが"そもそもアンコールって、歌った歌の拍手が止まなくてもう一度同じ歌を歌ったものなんだ"と解説。結局、"でもアンコール貰えなかったら困るのでこれでいいか"と変に納得して定番の"サーカスゲーム"そして"出発の歌"で大団円を迎えた。

ライブの後、こへさんのお知り合いの方から声を掛けて頂き、しばしお話して、そのまま会場での打ち上げに参加していた、巡礼の中の安息の時間、楽しい夜はあっと言う間に過ぎていった。
33781908_900120336s 33781908_954799693s
※恒例のサイン会、そしてマスターのギター仕様のウクレレを小室さんが弾くとこれがまたすばらしい。ステキなお土産だった。
33781908_3081393564      
翌日、本当は札幌、旭川と帯同したい想いに後ろ髪を引かれながら帰路につく。多分、両日とも更にステキな夜が続くことは確信できるので、本当に辛い帰路だった。その性なのか千歳空港は雨に曇っている。
せめてもの救いは名古屋に到着する途中、窓から見えた綺麗な富士山の姿。

六文銭'09のライブは正に生きている。だから、本当は1度たりとも見逃すことはできない。それが許されないのが人生だけど、だからこそ参加できることの喜び、その場に立ち会えるシアワセを心から感じざるを得なかった北海道巡礼の旅だった。六文銭'09に幸あれ。巡礼者はとにかくその場に可能な限り集うことを願いたい。

33781908_192825516

| コメント (2)

2009-06-20

函館の六文銭'09…不条理と現実の狭間で

33781908_3576862036 33781908_1418290281
※名古屋〜函館は現状ANAが午前&午後の日2便のみ。しかも結構小さい機体を使用するが、団体客で満席の状態だった。函館本線の終着駅の函館駅は立派な駅舎。新幹線の駅にもなるからと思ったけどどうやら新函館駅は別になるらしい。しかし函館〜札幌間45分は凄い。何せ今は連絡を含め飛行機でも2時間強、特急でも3時間以上かかるのだから・・
私にとってはじめての函館、六文銭'09としては勿論、以前の六文銭でもこの地では初のライブだそうである。

今回のツアーは4ヶ所、しかしベストシーズンの北海道、予算の都合でウィークデーの2泊3日が限度と言うことで格安ツアーを物色して函館から小樽へはレンタカーで入り、翌日は12時の便で千歳から帰るというツアーで出かけることにした。
結果、巡礼先はの函館と小樽の二カ所のみ、いろんなお知り合いの多い札幌に行けないのは残念だけど、初の地2ヶ所でのライブということでお許し頂きたい。
毎度のことだが観光予定は一切なし、だから本当は北海道である必要はないけど、僅かに函館からレンタカーで小樽に向かう際、新緑の道央を感じられれば僅かにという所、まあ、こちらもお天気次第ではあるけれど。

33781908_2003005791
さて、少なくとも今回の会場、ロケーションというかライブのシチュエーションとしては申し分ない。何しろ函館観光の売りのひとつ、函館山から望む夜景をバックにしたライブ、そう函館山の上にあるクレモナホールのステージの背景はガラス張りでそこには函館市街の夜景が背景となる贅沢さである。
・・ところが、梅雨のない北海道なのだが,どうやら寒気がガスまで運んできたようでお天気は湿りがち、到着してみると函館山の中腹以上はすっかり雲の中だった。頂上に向かうロープウェイも雲の中から出てくる様。幻想的と言えばいえなくはないが・・
33781908_250851039 33781908_1917215968
まあ、これが何かの暗示でなければいいけれど。

いろいろあった乗り場でのやり取りをくぐり抜け頂上のホールへ向かう。100人近く乗れるロープウェイ(スタンンディングタイプ)は数人の大人を除くとそこには修学旅行と思われる小学生の団体が、でもさ〜これじゃ登っても何も見えないよ。

開演近く、ホールに到着。・・・(状況は一応省略しましょう)
残念ながら今日も写真は不可とのこと。地方でのライブはブログ等で紹介することで広報的な意味も兼ねていると思うので、ある程度写真は許して欲しいけど(無論、フラッシュ無しなどライブや他のオーディエンスの邪魔にはならないようにに細心の注意は払っているので)FLさん考えて頂けませんか?

いよいよ開演。
やはり夜景は全く見えず、ただ小室さんはさすが仙人?"夜景じゃなくて雲の上でのライブと思えば"とおっしゃってスタートした。
今日はロープウェイの営業時間との兼ね合いもあり、一部構成でやや短縮版のセットリストになる予想。
最初の曲は"夏・二人で"。4人になって初めて聴く事になる。今日はステージが広いこともあり、曲によって変幻自在にポジションを変えながら進んでいく。当然この曲はこへさんおけいさん中心。小室さんはおけいさんの横へ移動し、ゆいさんは下手に移動。
"雨が空から降れば"で元の配置に、MCも初めての会場ということなのか、六文銭の成り立ちと言うか説明ぽい話が続いていく。
おけいさん復活の話に続いて"ただあたたかくカラッポに"ここで再びこへさんは上手奥へ、ゆいさんも下手奥に下がっておけいさんのメインヴォーカルを小室さんがフォローする配置に。
再び戻ったと思ったら、劇中歌の説明として、"本来歌はステージ上ではなくオケビの位置で"ということでこへさんが観客席に移動して"面影橋"を歌い始める。とにかく北海道では雨空以上にこの歌が拍手を呼ぶ。

当然のことながら、左右の小室さん、こへさんの基本の位置にギター用のマイクスタンドが配置してある。しかし,今夜はそんなことおかまいなく自由に配置を変えている。女性おふたり以外はヴォーカルを含め生音に近い感じで響いてくる。PPMが少ないマイクに合わせて配置を変えるのとは違って、生音でも十分パフォーマンスできるこのユニットの凄さをあらためて感じていた。

これから4曲は戦争と言うかきな臭い時代なり、状況をモチーフにした歌が続く。
最初は今回のおとのばに収録された,当時の放送禁止歌&発売禁止歌である"ゲンシバクダンのうた"YouTubeにもアップされている70年のフォークジャンボリーで、小室のり子さんが飛び跳ねながら歌っている曲である。考えてみると当時ゆいさんはそのお腹の中、30数年の時をへてCDとして発売され、その一翼を担っている。その両方を目の当たりにしているのはなんとも不思議な感じがする。

演奏後、小室さんが"今歌ってみてもなんであれが放送禁止になったのか判らない"とおっしゃるとゆいさんがすかさず"紀伊国屋や西武をぶっ飛ばすっていってるからじゃない?"と反応。

私なりには、放送禁止にならない一番の理由は、この歌の持つ不条理さ、狂気が今や現実の世界の方が追い越してしまったからなのではと思う。現実に小型のゲンシバクダンはネットの知識だけでも作れてしまうし、廃棄物のように原料となるプロトニウムはどんどんできてくる。歌の世界で非現実的であったものが現実の恐怖として存在している今の世界があるからだと思うのだが。
その意味では、表現の自由としての放送禁止の蛮行も問題だけど、この歌が過激に感じなくなっていることも大きな問題なのかも知れない。

そんなこんなで"戦場はさみしい""おしっこ"そして中也がきな臭くなっていく世相を憂いながらそれをサーカスに例えて朗読したと言われる"サーカス",ワーンウォーンというのは空中ブランコの音だということらしい。

更にたたみかけるように"街と飛行船"。ここで昔の"戦争はなんで起きるんだ"っていう昔の小室さんの口癖みたいな話題にこへさんやおけいさんも加わりしばしミーティング?
忘れないように言えば4人になって一番変化が大きいのがこの歌だと思う。まずはテンポが昔に近づいたこと、小室さんのメインヴォーカルを支えるコーラス部分がゆいさんが加わることでより厚みを増して、フォーシーズンの時代にタイムスリップしたように思える。

ここでようやくおとのばの紹介。
その中からと言う事で"花の渦〜倉敷相聞歌"が美しいハーモニーで綴られていく。

続いて私はスパイ、スパイ物語の原案的な"ヒゲのはえたスパイ"。
さがゆきさん作の"大きなグミの木の上で"そして小室さんが個人的には一番好きな曲として"いのちかえす日"。それに関する歌として本編最後はキングサーモンのいる島のジャケットの作者でもある小島武さんの"12階建てのバス"。実はこの曲、あの世へのお迎えのバスなのだとか・・

アンコールは最近の定番"サーカスゲーム",そしておけいさんのメインヴォーカルで新しい命を吹き込まれた"出発の歌"で初の函館のライブは終了した。
一部構成で一気にすすんだステージ、それでもいつもより多く感じたMCは、大きな会場における観客との距離感を計りながらのライブだったからかも知れない。
33781908_965921454s 33781908_2072938165s

ロープウェイの時間を気にしながらのCDサイン会。正に第一ラウンド終了?
明日の小樽は多分もっと凄いパフォーマンスが期待できると思わせる夜だった。
それを表すようにロープウェイが中腹の雲を抜けると
そこには綺麗な夜景が煌めいていた。
六文銭'09にしても今回のツアーのウォーミングアップにはなったのかと思う函館の夜だった。
33781908_822498902s 33781908_130502303
さあ、明日(19日)明日。続きは次回に。

| コメント (0)

2009-06-17

詩のボクシング 1998

NHKのBS放送が20周年だそうである。
と言う事で過去の放送の中から評価?人気の高かった番組が結構多く放送されている。
テレビっ子の端くれとしては、落ち着けない状況である。
過去に見た番組もあるけど、見逃した番組もいくつかある。
EGPの週間番組表とHDDの容量をにらみながら録画する番組を物色していた。
それでも見逃したり、偶然見ていて慌てて録画ボタンを押したものもある。

そんな中で気になったものもいくつか・・
最初に目が止まったのは、本田美奈子さんと岩谷時子さんの病院内における交換ボイスレターのやりとりを綴った番組だった。本田さんは白血病で、岩谷さんは骨折で、お互いを気遣いながら、何一つ動画はなく、ボイスレコーダに記録された音声だけで繰り広げられそれは、その結末を知っているだけに涙が溢れてきた。まるでこうして編集されること、再起を信じながら、それでいて自分の最後も予期していたかのようなやり取りは余に切ないが、それでいて夭逝の歌手と詩人でもある老女の心の琴線に触れるやり取りに感動している自分がいた。

勿論、最近の作品としてあの歌手の35年目のライブの様子のものもあった。
何しろ今やNHK御用達の歌手でもあるので・・
それより何より団塊な世代は皆様のNHKとしては蔑ろにできないだろう。
それがBSであっても、というよりBSだからこそか?

また録画したままで見れていないものもいくつか。
メトロポリタン美術館早回りガイドというのがある。早回り用だけど、見る側は落ち着かないと見る事ができないというのは皮肉だ。

そして今日のテーマでもある”詩のボクシング
実はこれは微かに見た記憶がある。しかし記憶が定かでない。
伝説の2回目の大会。チャンピオンねじめ正一さんと初回の審査員でもあった谷川俊太郎さんとの戦いである。
1998年10月10日がその戦いの日。
正攻法で、詩人としての自負で戦う谷川さん。変化球中心に映像というか、テレビを意識して戦うチャンピオンねじめさん。
いろんな見方があるだろうけど、9ラウンドまで攻守ところを変える形で進んでいく。そして運命の10ラウンド目、くじで引いたキーワードで3分以内に即興で作る詩の戦いとなる。
偶然なのか、お互いが引いたキーワードはチャンピオンが『テレビ』、そして谷川さんは『ラジオ』。先攻のチャンピオンがテレちゃんとピーちゃんと直接テレビに対峙するのではなく音として捉えたのに対し、谷川さんは"紙に書いた言葉は消せるけど・・言葉として口から発せられたそれはどこまでも広がっていき消す事はできない"と言った時点で勝負は決していたと思う。最後、今日、今聴いた僕の言葉はすべて忘れてください。と締めくくった時点でチャンピオンだけでなく、観客、視聴者までも、正にノックアウトしてしまった戦いだった。

私はふと、何年か(何十年?)か前の小室さんと谷川さんのジョイントコンサートのことを思い出していた。小室さんは谷川さんをはじめ名だたる詩人の詩に見事なまでに曲をつけて歌にしてしまう天才だけど、それを目の当たりにした谷川さんが”あ~あやって歌うように朗読すれば歌になるんだ簡単じゃないか"とおっしゃったのを。当然、小室さんは苦笑・・。少なくとも、谷川さんは自らの詩を朗読する詩人としてはNo.1だと思う、というか朗読することを前提に創作されているような気がするのだけれど・・

さて、この番組、ギャラリーも豪華だった。何より、六文銭とのゆかりの深い方々が多く登場していた。詩のボクシングということで、中原中也記念館からの中継もあったし、佐々木幹郎さんも屋台での審査員として出演されていた。そして、詩のボクシングへの出場を問われたのに対し”いや~僕はこうやって屋台でわいあいがやがやと言いたいことを言っている方がいいよ"とおっしゃっていたのが印象的だった。

詩のボクシング。実は今も続いている・・が、
このイベントのプロデューサーである楠まさのりさんは、2回目にベストバウトを見せてしまったと回顧していたのは、多分本音だろう。

夜中に書き出したこの記事。何やらまとまらなくなってきた。
考えてみると短歌会のように、その場で同じ物を見て詠い合う形って,実は詩の原点のようなのかも知れないと思った次第。
そして本人に変わって違う命を吹き込んできた小室さん,六文銭の先進性をあらためて感じることができた番組だった。

| コメント (0)

2009-06-05

再び巡礼の旅へ・・

GW明けから始まった40年振りの母屋のリフォームも予定より2、3日の遅れでようやく完了しました。
・・と言っても外壁などの塗装だけは残っていますが,生活空間は一新されました。一時避難の荷物を少しづつ戻しながら週末にかけてもとの生活に戻していきたいと思います。しかし、最近のリフォームの凄さというか進歩をいろいろ垣間みることができて、興味深いものでした。基礎から内装、カバー工法によるサッシや玄関ドアの改装、対面キッチンやユニットバスまで3週間程度で全部こなしてしまう手際良さ、しかも解体工事の途中で床面高さを変えてしまうフレキシビリティには(しかも予算変更無)驚くばかりです。
以上、殊勝な同居人としての行いに免じて、再び北の大地への巡礼の旅のお許しを頂戴しました

昨年3月、まだ春遠い道東から札幌まで,当時の"まるで六文銭のように"のライブを追っかけました。海霧に煙る釧路、突然の大雪の鶴居、このユニットで多分初めて歌った"出発の歌"は帯広のメガストーンでのことでした。そして六文銭'09のメンバーとなったゆいさんが当時はマネージャーとして介護?の旅を続けている中、初めてまる六プラスでステージに立ったいざ拓のライブにも立ち会うことができました。

あれから、本当は1年ちょっとしか経っていないのに、ゆいさんが正式に加わり、まる六から六文銭'09に進化し、新しいCDも発売され、そして何より7月にはおけいさんのソロCDが発売になるなど、どんどん時代が流れています。
そして、本来なら6の日には何があっても参加しなくてはいけないのですが、リフォームの関係で行けないのです。行けない口惜しさを解消するという、カミサンにしか通用しない言い訳で、北の大地の旅立つことになりました

今回は日程の都合で2ヶ所だけですが、
函館山の頂上と小樽で六文銭'09の迫真のライブに参戦したいと思います。
多分、これからも続く巡礼の旅。
今回も忘れられない旅となりますように。

| コメント (0)

2009-05-23

やはり、初恋だったのか・・

すでに旧聞ではありますが、
大好きなおけいさんの、ファンだけでなく
何よりおけいさん自身にとっても念願のオリジナルCDの発売が決定しました。

31237676_1658896580jpg

おけいさんが再び歌の世界に戻られて9年目、
Uさん達のご尽力でソロとして歌い始めて4年目の2009年、
ライブにお伺いして、六文銭時代の歌だけでなく
スタンダードとも言うべきステキな国内外の歌を
おけいさんらしく歌われるのに接する度、
おけいさん自身や当初のサポートギタリスト木村香真良さんが創った
オリジナル曲に触れる度、
このステキな歌姫の魅力を、底知れぬパワーを
この場にいないオーディエンスに伝える術はないものかと考えたり、
逆に、このステキさ、透明感を冷たい銀盤に押し込めることで
そのすばらしさが本当に伝わるものなのかと考えたり、
勝手なジレンマに想いをめぐらす日々を重ねていました。

確かにまる六として、六文銭'09として、その存在感の確かさ、
留まる事の無い進化を目の当たりにしてはいましたが、
それとは違う、ハーモニーの核としてのすばらしさとは
ベクトルの異なる魅力はソロならではのものだと思います。
少しばかり自らの趣味を優先させれば、
猫とのジョイントでのソロパートとも明らかに違う魅力があると思います。

少なくとも昨年、多分、ご本人を除けば一番多くソロの歌に接することができたという
小さな自負でも断言できます。
ソロのおけいさんの魅力は、ありとあらゆる前提条件、過去の記憶や経歴をどがえししても、今、この瞬間の私に時代に必要な歌として響いて、滲みてくることだと思うのです。

30数年前、六文銭時代の1年間の記憶は、一番多感な時代の私自身にとっては初恋のような記憶なのかも知れません。恥ずかしながら、同じ時代、今まで一番、心焦がした(カミサンゴメン!)彼女は偶然なのか名前は"KEIKO"でした。ただ佳き子のおけいさんとは異なり、能面のような桂の子でしたが・・。その意味では二つの初恋の記憶が、その後今に至るまで私の心を支配してきたのかも知れません。

ただし、多くの常識でいえば、初恋の記憶はその瞬間だけに存在することで意味を持つのですが、おけいさんの場合は、30数年後にお会いして、瞬間に時空の壁が無くなったように、10代のあのままの想いが、佳き思い出ではなく、現実の生きた夢物語のように続いていたことを証明してくれました。この感覚は、結果として10代の私自身の存在証明をして頂いたようで、その後の汚れた、小賢しくなってしまっている自分は本当の自分ではないよって、叫びたい想いを叫ばなくても、ここにいるよって優しく諭していてくれる感覚だと思います。
もう、ひとつの初恋の記憶の方は、例の名古屋駅事件以来30年、今まで一度も巡り会うことなく過ぎていっています。多分、こちらは30年前のままの記憶としておく方がいいのだとは思いますが・・

そう、そんなおけいさんの初CDのタイトルが"初恋"だなんて。
何故か、私には、初恋のままでいて良かったんだよって、
初恋の対象で間違っていなかったんだよって、
やさしく肩を抱かれているような気がしています。

2009年7月8日。
何故か七夕の翌日、年に一度の再会の後でもずっと甘酸っぱい日が
続くように、そんな日になりそうです。

ただ、どんなに解凍技術が進んでもCDはあくまで瞬間冷凍食品です。
そのすばらしさに少しでも気がついたなら、是非、生のおけいさんの
素晴らしさに触れて欲しいと思う今日この頃です。

| コメント (0)

2009-05-17

THE WEST WING とキングコーン

1162094532_157jpg
私のブログへのアクセスで一番多いのは、記事が圧倒的に多いおけいさんや六文銭(まる六)に関するものではない(少し涙)
おけいさん関係は第3位かな?
一番多いのは”キングコーン"に関する記事なのだ。この記事に1日100件以上のアクセスが数日続いたことがあるので驚いたことがある。
原因は私の力というより人気ブロガーの石塚さんがキングコーンの紹介に私の記事を案内して頂いたのが大いに影響したのは明らかだった。
※映画"キングコーン"


その映画"キングコーン"本国では2007年公開だが,今年ようやく日本でも公開されることになった。詳しくはリンク先か私のブログをご参照頂ければ助かるが、簡単に言えば、アメリカでは日本の米以上にコーン=トウモロコシが国策作物になっている。とにかく補助金まみれで作れば買い上げてくれるのでバカらしくて他の作物なんかつくらなくなるくらいなのだ。それだけなら単なる農業問題だけど、このコーン遺伝子組み換えで天候や虫の被害にもべらぼうに強く、生ではまずくて喰えないただひたすら澱粉=コーンスターチを生産する原料するためのもので、アメリカのみならず世界中の食の輪廻の大本に位置する代物なのだ。
たとえば乳牛/肉牛はこのコーンをベースに抗生物質を配合された飼料で育っている。余談だけど映画の中には反芻する牛の胃酸はとっても強力なのに消化の良すぎる飼料の性で自分の胃に胃酸で穴をあける牛が続出いているという衝撃的な映像もあるそうだ。更にコーン油だけでなく一般的な甘味料である果糖ブドウ糖はコーンシロップがベースだし、キシリトールの原料もコーンの芯から作られる、更にはもコーンスターチからはポリ乳酸という環境にやさしい?というプラスチックの原料としてポリ袋が作られる。

つまり、たとえばマクドナルドでコーンで育った牛のハンバーガーとコーン油であげたポテト、コーンで作った甘味料入のコーラやジュースをポリ乳酸でできたポリ袋に入れてもらうとすれば、正にコーン無の生活などありえないことになる。

さて肝心の映画の内容は、学生二人がそんなトウモロコシ作りに挑戦。それを追いかけていかにアメリカ人の食生活がそれに依存しているかをアピールするのだが、その後の現実では原油高騰(サブプライムバブルによる)を受けて、そのコーンからエタノールを精製するという更に更に利用範囲が拡大させて、結果アメリカの国内農業問題をとおり越して、バブルマネーが更なる金を求めて地球の酸素の供給基地である熱帯雨林をも伐採してトウモロコシ畑にしようとするに至って、地球全体の環境問題まで拡大していってしまった。サブプライムが経済理論の原則に則って破綻していった何がエコかなどという化けの皮が剥がれてしまったのは記憶に新しい所だろう。
当時の風潮で言えば、CO2の排気権さえファンドマネーが投機の対象にする始末であった。金になるなら地球全体の環境なんかおかまい無しに熱帯雨林を焼き尽くし(これだけでもCO2が増加するし)ECOの名のもとに効率の悪いアルコール精製のためにトウモロコシ畑にしようとする本末転倒の発想が金融バブルの崩壊でひとまず歯止めがかかったことは、経済理論以前の地球の反撃なのかも知れない。

一連の情報の参考データは以下で
http://bb2.atbb.jp/alternative/viewtopic.php?t=796&start=0&postdays=0&postorder=asc&highlight=

さて本題?
Intro_p01jpg Intro_p03jpg
実はこの”キングコーン"てっきり映画のための造語だと思ったのだけど、実はすでにこのタイトルを使ったドラマが存在していた。2004〜05年放映のTHE WEST WINGのシーズン6、そう私の大好きなドラマである。まあ、金融バブルの張本人であるアメリカで、大統領とその側近を描いたドラマでその危うさを描いたドラマがあったというのは、その先見性を評価すべきか、あるいはそれでもバブルに踊っていった現実を愚かさの象徴としてみるべきかは難しいところだけれど、THE WEST WINGの名誉のために紹介すると、アメリカの大統領と側近の日常を超がつくほどリアルに描いてはいるが、現実はバカブッシュがイラク戦争にのめり込んでいく中でドラマでは、民主党政権のバートレット大統領(マーチン・シーン)の賢明な政権運営を描いているし、キングコーンのエピソード自体は、オバマをモデルとした無名の大統領候補の苦闘を描いたものであった。
現実にも全く無名の泡沫候補扱いだったオバマに注目してそれをモデルとしたドラマを作っていたというもうひとつの先見性(ドラマでは数年後のオバマの誕生を予見したように、この泡沫候補がやがて民主党候補となり大統領となるまでを描いているのだ)には、やはりブッシュ&ネオコン、金融ファンドの横暴にすでにアメリカ社会の中でも嫌悪感が広がっていたのがわかる。政治的にはその4年後オバマという形でバランスを取り戻したけれど、経済については破綻まで止める事はできなかったということか?

THE WEST WUNGのシーズン6の13話。民主党の指名を争う予備選挙はニューハンプシャー州で始まるが選挙戦略より自らの主張をアピールしたいサントス(大統領候補)はことあるごとに選挙参謀のジョシュ(元ホワイトハウス次席補佐官)とぶつかり合う。候補者達は最初の党大会が行われるアイオワ州に入る。アイオワは言わずと知れた中西部のコーン地帯、まさにコーン農家に対するエタノール助成金について賛意を示すことが大統領選を戦う上必須と言われる中、サントスは強い疑問を抱いていた。現実にも1Lのエタノールを生成するためには1Lの原油を必要とする。この矛盾を知った上でも助成金を支持しなくてはならない現実にサントスは選挙自体に疑問を抱くのだけど・・・。そうアメリカでは日本のコメ農家以上にコーン農家は圧力団体として絶大なる力を持っているのだ。

その回の邦題は「勇気ある演説」。そして現代は"King Corn"なのだ。2004年、まだ中間選挙も始まっていないというかゴアの得票を誤摩化してブッシュが再選した直後のドラマだった。
・・これだからTHE WEST WINGは凄いのだ。

Obama_mainjpg

| コメント (0)

2009-05-06

ロックの神?とフォークの・・三昧のあいだ。

忌野清志郎が亡くなって、いろんなコメントが飛び交った日が過ぎていった。
三浦友和が同窓だったというのは知らなかったけど、考えてみると彼の死のことがこれほど多く語られるというのは不思議な気がする。

ほんとかいなと思うほど多くのコメンテーターが彼のことを語っているけど、正直どれほど知っているのか?所詮、タレント要覧に目を通し、聞きかじりの知識で判った風にしたり顔で語る姿に嫌悪感をどれほど感じたことか?
"あれっ、あいつ一度も話したことないけど"って、宝くじが当ると急に知り合いが増えた感覚で苦笑している清志郎さんの姿が目の浮かぶようだ。

THE GOD OF ROCKと言われても、あの時代のアーティストは反体制であることがその存在証明みたいなもので、そもそも彼がロックなのかフォークなのかと問われれば、私の中ではフォークの領域だと思うし。何より60年代後半から70年代においては、フォークであろうがロックであろうが、その後の造語的意味とは異なり、既存の音楽に対するアンチテーゼとしてのニューミュージック、新音楽という領域での区分にすぎないのだと思う。

あるいはそうした大きなジャンルからやがてそれ自身が既存の音楽のひとつとして体制そのものとなったものもあれば、その意味のままの存在として今に繋がっているものもあり、はたまた精神はそのままにアコギからエレキギターに代わり、ベースやドラムスという編成の違いだけでロックと規定するのもどうかと思う。

基本的にはジャンルで区分するものではなく、彼の音楽は何かと問えば、デビュー以来変わらぬ忌野清志郎の音楽というべきで、あまたジャンルの枠に収まることでしか存在できない多くのフォークシンガー、ロックミュージシャンとは区別すべき存在だと思う。
更に言えば、音楽はすなわち表現手段にすぎず、歌の成り立ち、テーマのみで定義するのではなくアーティストの想いなり精神性、生き様をどう評価すべきかが,本来問うべきものだと思う。

平和や核の問題を語るのは何も破天荒で反体制だからではなく、人として守るべき家庭というか家族を大事に思う心がその基本になくてはならない。歌のために家庭や家族をも顧みないというのは大きな偏見で、愛するものがあるからこそ、それを守るために社会正義を大切にするのだと思う。
その意味では清志郎さんはブレはないように思うし、それが魅力のひとつだと思う。ただ一般的には、年を重ね、そんな世界に身を置いている中で変わらないままいることは、一時的に反抗したり,アウトローぶることと違ってその何倍も何倍もエネルギーというか信念がないと続けることはできない。

私見だけど拓郎の場合は、瞬間の、誰もが同じように反発した中での存在感が大きかっただけで、その後の生き様の中でそれが維持されているとは,残念ながら思えない。そしてその後を見る限りは彼が目指したのは新しいPOPスターだったと言ってくれる方が余程納得がいくし、時代を敏感に感じ取るすぐれたPOPメーカーとしては(ある面、ユーミンに通じるけれど)十分に尊敬に足る存在だとは思うのだが・・

そんな拓郎を自らの体験、懐かしの存在に重ね合わせてリスペクトする想いに何の疑問はないものの、清志郎をGOD OF ROCKとして評論する基準でフォークの神様なりの形容詞であがめ奉ることには全く同意はできない。
まあ、勝手な推論だけど彼自身もPOPスターの称号には異論はなくて、でも不世出のフォーク歌手なり、フォークの貴公子、神様という称号はファンの自らのあこがれとする偶像でしかないように思っているのではないかと・・。少なくとも拓郎は清志郎より相対的な位置ではジュリーなり御三家、裕次郎に近い匂いを感じるのは私だけだろうか?その違いは彼自身というより背負っている時代を異にするオーディエンスの違いの方が多大きいのかと・・。

そんなことを考えていたら、5月5日はNHKお得意のまる事拓郎三昧の日を繰り広げていた。まるで例の年末の歌番組の目玉にと狙うために媚を売っているように、田家さんを使ったそんな想いに迎合するようなべったりの解説で・・。
せめて1コーナーでも、同じ時代を生き抜けた清志郎さんの曲を流せば、救われたのにと思った子供の日だった。

| コメント (0)

2009-05-04

神と紙の里で・・おけいさんのライブへ。

初のソロCD発売がオープンになったその日、
おけいさんは恒例の猫とのジョイントライブで北陸ツアーの真最中だった。
ここは一番、というか7月までソロライブの予定がないこともあって、ツアー2日目の越前市に向かうことにした。

越前市はクルマで行けば約150km先、日光に比べれば屁のカッパの距離だ。
しかも高速1000円の恩恵もあり、渋滞だけが気掛かりの、比較的楽なライブ行脚となる。

朝からの渋滞情報でも北陸方面は特に目立ったものはなく、それでもと念のため3時には家を出た。情報どおり然したる渋滞もなく、トピックスとしては初めて3ナンバーの覆面パトの捕獲?現場に遭遇したくらい。実はパトカーはエンジン等を改造しており所謂改造車ということで8ナンバーなのがこれまでの常識だった。だから紛らわしい場合はナンバーを確認して追い越したりしたのだけど、敵もサルものなのか最近は3ナンバーの覆面パトが増えたようだ。大抵は少し前のクラウン、多分白かシルバーなので、走り屋さんはご注意を。

31664933_1642067157sjpgということで4時半には会場となるパピルス館に隣接する茶コールに到着した。入り口前には猫の皆さんがツアーで使用する赤い猫車が止まっており、外でも十分聴こえるほどのリハーサルの音が静かな街並の中で響いていた。

ライブまでは2時間以上ある。
実は会場は和紙の里の一角にあり、3日からのお祭りに備えていろんな飾り付けやテントが準備されている。また、この地に1500年前の和紙の技術を伝えたと言われる紙祖神岡太・大滝神社の例大祭と言う事で街中が祭に浮き足だっている感じだった。
Rimg0160 31664933_3142798242sjpg_2
と言う事で、ライブまでの時間付近を散策することにした。
まずは紙祖神岡太・大滝神社へ。2日は神様を迎える日とのことで境内は賑わっていた。詳しい由来は判らないけれど重文の立派な本殿付近には烏帽子を被った黒や白装束の男衆や棒の先にお面をつけた装飾が珍しかった。
31664933_1429436821sjpg 31664933_2995374863sjpg

それでも時間はまだ十分ある。・・これがいけなかった!?
実はこの神社には奥の院があるそうな。どうせならと思っていたら、こんな看板が。
31664933_736791905jpg
奥の院まで1.1Km。丁度いい距離かなって思って、めざすことに。確かにその道は山の方に向かっていたけど1kmくらいならと思ったのだけど。歩いても歩いても坂道が終わらない。ジグザクに上がっていく坂道を今度が終わりかなって思って上がってもまだ続く。それどころか傾斜がどんどん厳しくなっていく。息は荒く、膝が上がらなくなってきた。

31664933_789120723jpg 31664933_3190627280jpg
ようやくと思った奥の院の鳥居、しかしこれも気休めにしかすぎず、振り返ると街並があんなに下に・・
ここまで来て帰るのもなんかなあと思い、気力を振り絞って上がっていくとようやく、ようやく山頂(そう後で調べたら権現山の頂上だった!)に到着。でもねここまで来させてまだ石段登れっていうの(泣)
31664933_713020498jpg 31664933_2940272360jpg

さて、気がつくと陽は傾き暗くなっている。ライブまでもう30分を切っている。早く下山しなくちゃいけないけど膝を使い切っている身、高校の山岳部の経験からすれば下りは体力は使わないものの膝への負担は大きいし、慌てると転ける可能性もあるので、ライブ前に夕食代わりの越前蕎麦の夢もはかなく消えて下山〜茶コールへ急いだ。(ライブ前にこれだもんね)
31664933_4253447314jpg
息も絶え絶え?に茶コールへ到着。看板を見ている今日のオーディエンスらしきおじさん二人の会話に思わず噴き出す。"え〜猫ってなんだ?""猫って風が解散して再結成した奴じゃないか?"おいおい、風を知ってるんだったら、でもめちゃくちゃな時間観念だね。それより”四角佳子"には反応はないんかね・・。まあ、残念ながらこの程度の認識が一般的なのかも知れないけど。

定刻から少し遅れて、猫のお三方がステージに登場。
昨年末の富山と同じように、猫/おけいさん/猫+おけいさんの3部構成のよう。今回も東京からクルマでの移動とのこと。朝8時出発だったそうだ。おけいさんは山口から前日戻りだから、本当に多忙なスケジュールだったんだと少し心配に。チューニングを終え"片思いのブルース"で猫のステージがスタートした。猫にとっては昨年に続いての茶コールとのこと。馴染みのオーディエンスも多いみたいだ。
常春"から"各駅停車""ぼくのエピローグ""昼下がりの街"など馴染みの曲が続いていく。新しい"駿河台下"を挟んで"サンフランシスコブルース"まで9曲を披露した。
     31664933_2793024049sjpg

休息を挟んでいよいよおけいさんのステージだ。
おけいさんは日光に引き続きの春らしいスカート姿。赤いセーターに首にはマフラーを巻いて登場。"クルマの中で待っていたら寒くて・・"とおっしゃって、まずはいつものように常富さんのサポートで"雨が空からふれば"でスタート。六文銭'09のCDの紹介をしてから,その中の曲として"一緒に帰ろう"を歌われる。ここで内山さん、石山さんも加わり4名で、更におけいさんもギターを抱える。
31664933_1522159561sjpg 31664933_3182932003sjpg

ギターを抱えて歌われたのは"あめのことば""ホワンポウエルの街"の2曲を。当然前の2曲を含め猫バージョンでのアレンジになっているが、う〜ん何かが違う。まさかおけいさんのギターテクに合わせるためではないだろうが、良く言えばゆったりとしたテンポ、何かのんびりした感じで響いてくる。
それは再びギターをおいて歌われた"ガラスの言葉"でより顕著に感じられた。
31664933_1210281723sjpg 31664933_853172972sjpg
ここで、おけいさんからソロCDの発売の発表をされる。初恋ってタイトルに対してオーディエンスの反応に諸々あって、そんなこんなで歌い始めた喜びを歌にしたとしていつも紹介されるオリジナルの"うれしくて"、そして"インドの街を象にのって"おけいさんパート最後は"春の風が吹いていたら"と都合8曲、ほんわかとした感じで終了した。正直なところ、いつものテンポの方がしっくりくるのかな?って感じだろうか?

ここで再び猫の3名での曲が続く。
こへさん作詞/伊勢正三作曲の"Namida"そしておなじみの"地下鉄にのって"""で締めくくられた。

アンコールには再びおけいさんが呼び込まれ、準備してなかったのでとおっしゃたのでオーディエンスからは"面影橋から"をとのリクエストがあったけど、それはね〜何でもいいってもんじゃないと思ったけど、選ばれたのは予定どおり?"出発の歌"。勿論、おけいさんメインでおとのば風だけど、オリジナルのように終わったと思わせての再スタートもあったフルバージョンだった。そしてオーラスはリガニーズの”海は恋してる"で茶コールのライブは終了した。

昨年末の富山もそうだけど、やはり猫ライブwithおけいさんという構成。古橋さんや香真良さんとの純粋なソロとは違うバージョンだなあって思った。ゆったりした今回のような感じより、意外なほど(おけいさんゴメンナサイ)の天然さと、それとは大きく異なり歌はあくまでストイックなおけいさんの方が、少なくとも私には合っているのかなとひとり言みたいな思いを感じながら、行きよりも随分込んできた北陸道/名神で家路を急いだ。

31664933_1109963329sjpg 31664933_2882015782sjpg
※実はおけいさんがフォークの世界に入ったきっかけこそ、小室さんにギターを習ったから。そう、おけいさんは足が長いだけでなく、手も大きくて指も長いのです。その気でやったら名ギタリストにもなれるはずです。

| コメント (0)

2009-05-03

死と進化 3000億個の死と60兆個の細胞でできたヒト

うまく書かないと自殺を肯定するみたいなので要注意。
前にも書いたけど自殺なんて最低の行為だと今でも思っている。

よく判らないタイトルによく判らない書き出しになってしまった。
偶然、というかタイトルに惹かれて録画をした科学番組が意外にも面白かったのだ。
番組はBSのサイエンスZERO、そして惹かれたタイトルは"死と向かい合う心"
科学番組でこのタイトルは・・って思ってセットしておいて、
今日みたら、これがなかなかである。
以前読んだ"生物と無生物のあいだ"に繋がるテーマである。
タイトルにある3000億個とは、実は1日あたりに死んでいく人間の細胞の数である。そして60兆個とは、人間の体を成り立たせている細胞の総数ということである。
単純計算で60兆÷3000億=200日で体中の細胞が入れ替わるということになる。因みに3000億個の細胞というのはちょうど200g程度のステーキに相当するとのことだ。

実は先に述べた福岡伸一先生の"生物と無生物のあいだ"に、この200日で入れ替わる体中の細胞について説明した表記がある。
それは見慣れた海岸の砂浜、それはいつも同じ形をしているように思えるけれど、実はそれを構成している砂粒はどんどん入れ替わっているということだ。つまり、海岸線を人間の体とすれば、砂粒はそれを形成する細胞ということになる。変わらずに見える海岸線も実はそれを構成する砂は知らない間に入れ替わっているということ、人間の体も同じということだけど・・・。

しかし、これが今日のテーマではない。
本当のテーマは"死"。しかも"それを思う心"である。細胞が入れ替わると書いたけど、つまり細胞が死んで入れ変わっていることになる。細胞が死ぬ理由はいろいろあるけど、活性酸素、放射能やウイルス、紫外線など様々だけど、表現が適切でないけどこれを細胞を殺されると定義すると、自然に入れ替わる細胞が同じように殺される訳ではない。それでも海岸の押し寄せる波、そして運ばれ連れ去られる砂粒は毎日決まったように入れ替わっている。つまり、予定外に殺される細胞とは別に決まった量=3000億個が死んでいっている(但し、形が変わらないということは同じく3000億個以上の細胞が毎日生まれていることになるのだが)。そしてこの計画的に死んでいく細胞、番組ではプログラムされた死として表現されている、のことが本当のテーマとなる。

まだ、心の領域にはほど遠い。
細胞の死に殺されるものって言うけど、その場合の死は壊死と言って正に細胞が破壊される死となり、これが大きければそれで出来ている生物そのものも死ぬことになる。しかし、プログラムされた死はイコール生物の死を意味しない。勿論生物には寿命があり、その寿命の意味はプログラムされた細胞の死に見合うだけの細胞分裂による補完ができなくなることを意味するのだろう。

人間に代表される生物は、この死に対する恐れからその進化の過程の中で不老不死こそ究極の目的のように考えてきたけれど、実は50億年前に最初に生まれた原生生物は元々不老不死であるということだと言うのだ。つまり、進化の原点となるものが不老不死で現状の究極の進化である人間が不老不死でないのはどういう意味なのか?ますます謎が深まってくる。

それを解き明かす鍵は実はプログラムされた死の中に隠されている。
このプログラムされた死のことはギリシャ語で木の葉が散るという意味のアポトーシスと呼ばれる。その具体的な内容というのも興味深くて、少し難解だけど以下のとおりとなる。
●外的に傷を負ったり、一定の期間が過ぎた細胞に対し免疫細胞から、そろそろ死んだらというサインが出る
●細胞はその信号を受け自己点検を経て自ら死を選択する
 ※細胞は23対ある染色体の3番目に死の染色体をもともと持っているのだそうだ。
●死を選択すると死の染色体から2種類の酵素が出て、ひとつは細胞骨格を切断し、もうひとつは細胞核に入ってDNAを細かく切断する
●切断されたDNAはアポトーシス小体という袋の中にひとつひとつ閉じ込められていく
●それを免疫細胞のひとつであるマクロファージが食べて消化し、便や垢として体外に排出されていく
という見事にプログラムされた死ということである。ねえ凄いでしょう!
もっと凄いのはなぜアポトーシス小体に包んで行くかと言えば、DNAって実はとても危険なもので、裸のままでいると自己免疫不全症などの重篤な疾患を興す可能性があるから包まれていくのだそうだ。これは実際に顕微鏡でも観察できるそうで、正に死んで行く細胞は自己破壊を進む中でまるでブドウの房のような形になっていくのが判る。

でも、仕組みはわかっても何故これが行われるかの理由は希薄である。
参考までに先ほど200日で体内の細胞が入れ替わるって書いたけど細胞によってその寿命は異なる。例えば皮膚は28日、赤血球は3ヶ月、肝細胞は約1年で入れ替わるそうで、更に神経細胞や心筋細胞は何十年も変わらないそうだ。まあ重要な細胞はさすがにコロコロとは変わらない。皮膚については傷が自然の直ったり、爪が伸びる様を見ればなんとなく実感できる。

さて、いよいよ本質に近づこう。ポイントは以下のふたつ。
1)原生生物は不老不死だった
2)細胞はプログラムされた死によって自動的に入れ替わる

では不老不死だった生物になぜ寿命が生まれたのか?
哲学的に言えば、生物は進化することと引き換えに永遠の命を差し出したということになる。つまり原生生物の代表である原始大腸菌はこの50億年基本的には進化していない。逆に進化の過程でのターニングポイントは約15億年前から始まった有性生殖、そう雌雄による染色体の交配が始まったことである。
異なる遺伝子の組み合わせによって生物は進化する。と同時に寿命が始まった。つまり、異なる遺伝子の組み合わせは進化と同時に劣性あるいは危険な遺伝子の組み合わせも誕生させることになる。そんな危険な遺伝子の組み合わせを存続させておくことは生物の未来をも消滅させてしまうことになってしまう。そこで、進化を受け入れるかわりに悪い遺伝子を消去するために寿命という形の死を選択した。

そう、生きるための死、一人の人間としての死により人類の生、未来を選択したと言えるのだろうか?無論、これにより個人の死が重要でないということは決してない。ただ、生物学的なこうした事実、真実を理解した上での死生感を今一度考えてみようというのが今回のテーマだった。
つまり、死が終末である前提での死生観ではなく、死によって繋がる生があるという死生観、そこから新しいものが生まれるという死生観を考える、それが死と向かい合う心ということでようやく話が繋がった。

最後にこのプログラムのプレゼンターであった田沼靖一(東京理科大学薬学部教授)さんの言葉をご紹介しよう。

ヒトとは何か?
それは心を引き継ぐ存在である

だからこそ、個々の人間にとっては心、形にできないものが大事なのかなあと
科学番組で感じた哲学、心の問題だった。

| コメント (0)

«初恋 初めての恋 おけいさんらしく・・