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2006-12-21

ぼんぼんの素性

美しい国などというたわごとを標榜する教育基本法とやらが成立した。日本の法律は憲法も同じように運用面では時の権力者が拡大解釈なり曲解を繰り返し、な いがしろにするのが当たり前だが、あまりにひどい場合の最後の砦でして(と言ってもあまり効果なかったが)司法の場での判断を求めることがあったが、この 法律はその必要のないくらいご都合主義盛りだくさんなので、どこかの馬鹿が軍事教練や朝礼時に教育勅語の朗読でも強制しない限り,訴えられることはないだ ろう。
それにしてもいくら権力の好きな池田ちぇんちぇいのご意思とは言え何でも賛成しちゃう公明党って、これじゃさすがに池田ちぇんちぇいの平和賞はなくなっちゃうよ!

さて、今や報酬返上以外にパフォーマンスのなくなったぼんぼんは悲しいかな私と同年である。
ということはユーミンと同年、学年では1年下になるが・・(あまり関係ないけどぼんぼんのブレーンにユーミンもいると聞いたことがあるので)。と いうことは同じ時代を過ごしてきたはずなのに、あの発想はどこから出てくるのか、もちろん環境が雲泥の差があることは認めるけれど、あの時代の空気を少し でも吸って生きていたのならと思うと信じられない気持ちだ。

確かに全共闘世代の一歩後、しかし全員がノンポリに成り下がるまでには後数年は要したはずなのにぼっちゃん校の成蹊では時代が早く進んでいたのだ ろう。更に言えば(決して学歴偏重主義者ではないが)祖父、父とも東大であることを考えると余程デキが悪かったことが想像できる。

以下は色々な資料で得た知識なので間違いがあればお許し頂きたいのだが、ぼんぼんの祖父は山口県出身の国会議員安倍寛であるが、今のぼんぼんとは 想像できないくらい気骨のある方で、戦時下の大政翼賛会にも組せず当時の軍部に対峙して無所属でも当選したという強者であったそうな、従って所謂生粋のハ ト派であった。その子晋太郎は学徒動員後(終戦直後その寛は他界しているが、このあたりから路線変更の目が出てきたのかも知れない。詳しくは以下に)東大 を出て毎日新聞社に入社、何と父とは対極でその軍部と結託して蓄えた資金を活用して戦後権力の中枢にのぼりつめていた岸信介の娘と結婚することになり、そ の間に生まれたのがぼんぼんである。

そう一般的にぼんぼんの祖父が昭和の妖怪岸信介と言われているが母方の祖父であり、遠い将来、晋太郎の父、寛の他界がもう少し後なら時代が変わっ ていたのにと言われなければよいが? 残念ながらぼんぼんのDNAには父方の祖父寛の分は希薄で、幼少の頃、膝の上で育った妖怪の血を受け継いでしまったようだ。まあ、一般論で言えば自己が確 立しないまま外身だけ出来上がってしまうとあわてて中身を繕うようになり、その際もともと意思が希薄なので一番見近にいるものに染まりやすいという典型の ような気がする。

まあ、同年ということで少しは援護したいところだが、たくみにとっては近くにいたら決して友人にはならないタイプだと思う。最後に妖怪の妖怪たる 所以のエピソードをひとつ。事前に解説すると主義主張に関係なく真の権力を握るものの凄さを感じた。妖怪はこうしてその血を強く(単純に純化させると却っ て弱くなることを知っていたようだ)していくのだとつくづく思った。
以下はウィッキぺディアからの転載だが、妖怪岸信介にとっては対極の安倍寛の息子、晋太郎と娘の結婚話が持ち上がった際の話として「大津聖人 (安倍寛)の息子なら心配ない」と語ったといわれる。つまり、自分には決してないものを有している(=血)と感じたのではなかろうか?妖怪おそるべし。同 時に安部寛の高潔性の凄さがうかがえる。ああ、今やぼんぼんに爪の垢程度でも父方の血が残っていることを祈るのみである。

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