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2007-01-25

戦争を知らないこどもたち!?

TBSラジオでネットされている中で唯一聞ける番組アクセスを聞いた。実際にはPodcast配信だが、オンタイムでは康夫ちゃんと二木さんがパーソナリ ティの時は良く聞いているが、今日はM2と言われる宮崎哲弥と宮台真司によるポップカルチャーぶった切り大会の回であった。Jpopはすでに死んでいるか ら、糞映画までありとあらゆるものを切りまくっているが、すべてを紹介するよりご自分で聞いて頂きたいのでiTunrd Storeで無償でダウンロード(計1時間程度の放送)できる。(興味のある方はどうぞ)

m2にすべて同意するわけではないが
この話だけは妙に説得力と自分の中で最近悶々としていたものが
氷解した思いがした。が、しかしそれは自分がひとつ前の世代へ
移行していたことを認めることになるのだが・・・。

戦争を知らない子どもたち、言うまでもなく、サムこと北山修が1970年、大阪万博の時に書いた曲である。ここで言う戦争とは、当然のこととして第2次世界大戦=太平洋戦争のことであるが、宮台真司曰 く、彼の学生達にとって、この戦争は"THIS WAR"ではなく、"WARS",つまり一般的な戦争になっているというのである。この曲が作られた1970年とは、波乱に飛んだ60年安保と異なり、 70年安保のそれは経済発展という光=功の部分が強調されることにより、若者のエネルギーが政治ではなく金に向かうきっかけになったターニングポイントの 時代であった。しかしこうした経済発展を謳歌する日本の周辺ではベトナム戦争がインドシナに拡大し終わりの見えない泥沼にはまりつつある時代でもあった。

日本だけの繁栄の中で飼いならされて行く家畜人が増加していく中、外の世界との繋がりの中で精神だけは前を向いていきたいと思う若者達にとって、 この歌は心の拠り所として世代を代表する歌でもあったと思う。一旦世に出た歌については解釈を規定することはできないものの、北山修が表現したかったの は、当時の大人達の"おまえら戦争(悲惨で苦しいの意)も知らないくせに偉そうなこと言うんじゃない"という言葉に対し、宮台言うところの"負""傷"を 持たないことによる後ろめたさから声を上げないのではなく、"戦争を知らないけれど""知らないからこそ"言えることがあるんだという心の叫びを表現した のだと思う。

つまり、この歌にとって"戦争"とは日本人にとって"負"であり”傷"である太平洋戦争でなくてはならないのであって、一般名詞の戦争では意味が なくなるのである。つまり我々の世代にとって戦争と言えば太平洋戦争=敗戦のことであり、その闇があるからこその光でなくてはならなかったのだけれど、一 般論の戦争では闇の意識は働かず、だからこそ今の若い世代にともすれば戦争容認的な風潮が広がっているのではないかと思う。我々の世代にとってベトナム戦 争が我々の痛みとなるイマジネーションが働かせたのとことなり、今の傷や闇を知らない世代にとっては,イラク戦争は英仏のバラ戦争やアメリカの南北戦争の ごとく、決して自分達の痛みとして感じることのない虚構というか、モニターの中で起こるゲームのようなものとしてしか認識できないのだと思う。

そう、戦争を知らない世代に対し、戦争があったことを知らない世代が一定のボリュームを持ち出したのだと思う。ある面、権力者の思惑がうまく反映 できた世代なのかも知れない。彼らにとっては闇である悲惨な戦争のイメージはなく、まるで太平洋戦争前のように負けることを知らない、必要な戦争もあると 嘯く世代の誕生でもあるのだから。

実はm2のJPOP死滅論の根拠もメタファを持たない、痛みという共通認識を必要としない着メロの為だけの曲しかなくなった日本という結論であった。

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