« おけいさんの歌会初め 名古屋編 | トップページ | 地デジの闇は・・ »

2008-01-18

music tide まる六・・バイパスのない歌,そして人生

自ら原理主義者と名乗るのは,私にとってまる六,そしてお三方は大好きなアーティストという存在を越えている,単に35年前の懐かしさだけでリスペクトしているのではない,大袈裟だけどその存在が染色体に染み込んでいると思うからです。"懐かしいのに新しい"つまり,35年前だけでなく,今の私にとっても大切な存在であること。・・でも,その意味を判りやすく表現することができませんでした。まる六らしい人生って言ってもね。小室さんのインタビューを見て,ああこれだと思う言葉が見つかったような気がします。

"バイパスのない音づくり"小室さんがおっしゃったそれは,決してアナログ至上主義という意味ではないと思う。突き詰めれば音楽とは何ぞやという原点に立ち返るものだと思った。ともすると手間ひまかけることを無駄と切り捨てることが多いけれど,何のための手間暇なのか,バイパス=迂回することでその目的が異なっていることはないのか,今一度考える必要があると思う。

"便利"とか“早い","簡単"そして"儲かる=金になる"という言葉を免罪符にして大切なものをどんどん削ぎ落としてしまっているのではないかと・・
その意味で"バイパスのない音づくり"とは正に生き方の定義のように感じた。
小室さんがまる六の魅力を"歌詞がいいとか考えていることに共感"とかではなく"色気がある"とか"官能的"だと思われたいとおっしゃったのも,裏を返せばまる六として音楽をする意味,その本来の意味はその音楽を聞いてどこまで感動させることができるかを求めてみえるのだと思う。

だからこそ,ありのまま,持っているパフォーマンスをダイレクトに伝える意味からの"バイパスのない"ことが重要ということなのだと思う。
そしてそれは,まさに人生,何のために生きているのかにも通じる言葉だと思う。金儲けのための人生なんてない,目的が金儲けではなく,心豊かに充実した人生をおくるための手段としての金儲けはあるのかも知れないが。

その意味でバイパスによって目的と手段が主客転倒してしまっているのが,今
の時代なのかも知れないと。私にとってのまる六の意味をずっと探していたけれど,その存在の意味を色々考えてきたけれど,まる六という存在に出会ったことで自らの生き方の再発見ができたと思う。

そう,今の時代の意味ではあまり上手くいっている人生とは思えないけれど,確かにバイパスのない人生を過ごして来た自負だけはあることで,こんな人生もなかなか悪くないなって思った次第。

その意味でも原理主義者,巡礼は一生続いていくだろう。

※このまる六の魅力を凝縮したmusic tideをご覧になれない方のためにレポートしたいと思うが・・肝心の購入したばかりのMacが現在里帰中で,生まれ変わって帰ってくるのを首を長〜くして待っている状態です。帰り次第ということでレポート+αの日記にまとめたいと思います。
→1/18現在,上記music tide のサイト内で放送されたインタビューの一部を
 映像付で見る事ができる。ご覧になれなかった方,見逃した方は是非ご覧ください。まる六のインタビューの文字をクリックすると見る事ができます。

« おけいさんの歌会初め 名古屋編 | トップページ | 地デジの闇は・・ »

たくみのまる六&おけいさんLIVEレポート」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。