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2008-08-24

OK's SQUARE こころのタイムトンネル

Screenshot3
2008年8月19日 OK's SQUAREが3周年を迎えた。
これはおけいさん公認の応援サイトではあるが、内容からみても実質的にはおけいさんのオフィシャルHPといえるだろう。

おけいさんこと四角佳子さんが、28年の眠りから醒め再び歌の世界に戻ってから8年。とは言え2005年までの5年間は助走の如く、まる六としてあるいは猫・文銭として止まっていた時計の針を動かすための準備期間のような時間であったと思う。

少しだけ時間を遡れば、おけいさんが歌の世界にいたのは1972年までの数年だけ。西野バレエ団の一員であった時代を除けば、実質1971年から六文銭解体までの1年間だけだと思う。それは偶像としての志摩ゆきではなく、四角佳子として、多分、聴いているファンにも伝わるほど自らが楽しんで過ごした1年だったように思えた。
惜しまれつつ歌の世界に別れを告げたのだが(正確には以後1曲、今に繋がる名曲を残しているけど)以来28年、見事なほどにまったくその消息すら伝わることがなかった。ファンである我々が知るのは希代のスターとの結婚生活の結末だけだった。
それが、偶然なのか、歌の神様の粋な計らいなのか同じくしばらく歌の世界と疎遠だったこへさんの定期LIVEに小室さんと一緒にゲストとして歌ったのが2000年の事だった。無論この時点では、このユニットで、ましてやソロとして再び歌の世界に戻ってくるという予定ではなかったのだと思う。その為にはおけいさん自身が歌を歌うことの喜びを自分自身で確認する必要があったと思うので・・

そのあたりの経緯については、多分ご本人でないと判らないことだと思う。わずかに2003年の8月から、及川恒平=こへさんのHP内に不定期に掲載されるようになった"おけいのカラッポ日記"だけが、我々にわかるおけいさんの心の動きの一部ではあった。

※2003年9月の日記に以下のような記載があった。
 すばらしさをご紹介するため、長めの引用をお許し頂きたい。

ジョニ・ミッチェルを聞いた
[Borth sides now] 何年ぶりかなあ
やっぱり名曲だなあなんて思いながら当時に思いを馳せていた。
そしてすぐそのあと33年振りにレコーディングした
[Borth sides now]を聞いた。(もちろん彼女はその間ライブ活動等をしていたが)
その時の幸せな衝撃をどう言葉で伝えたら良いか
アレンジも変えていた 歌い方も違う 声も低くなっている
でも紛れもなく33年の時間を経た今の彼女だった。

出逢いや別れ たくさん恋をしたのかな?
挫折や孤独との闘いで涙した日々もあったのかも
色んな想像を掻き立てられる歌声だった
穏やかで力強く人生そのものを愛おしく包み込むような歌声だった
アーティストとしての彼女を語る力は私にはないが
「女」とか「ひと」とかそんな所で私の気持を強く
引き込んでくれた。
ボーっとした頭に一筋の光りが差し込んだような気がして嬉しかった。

何かおけいさんの歌に再び出会えた時の私の気持ちを代弁して頂いているように思えるのと同時に、再び歌い出したおけいさんが自らの意志を固めるきっかけになったような感じがしてならない。(おけいさんはある面、日本のジョニ・ミッチェルの様だし、ソロLIVEでは彼女の歌もよく歌われる)

ここに引用紹介したようにこの"おけいのカラッポ日記"は、結果同世代(当時のあこがれとは別に気がつけば私から見れば2つ上のステキなお姉様だったのだ)として、あの1972年から通常の時の流れのように過ぎ去ってしまった時間と、実はそのまま止まったままでいた自分らしい時間が再び動きだした感覚とが同居する不思議な空間を感じられるすばらしいエッセイだと思う。
今、読み返してみてもご本人の謙遜とは別に、余分な飾りけのない、人としての想いがすばらしさが自然に伝わってくる。これって、本当におけいさんらしい、後にお会いして感じたままの人となりが伝わってくるものだ。
そして、このステキな日記はOK's SQUAREのサイトオープンと同時に移設され、今に続いている(願わくば、もう少し更新頻度が高ければいいけれど)。

さて話を戻して、2005年の10月には初めてのソロライブがサイト名そのままの"OK's SQUARE the first"として開催された。
今につながるまる六とは別のソロとしてのおけいさんのスタートであった。
確かにおけいさんをソロとして歌わせてあげたいと思う多くの人々、こへさんやこのサイトの管理人でもあるUさんなど数多くの方々の尽力はあるのだけれど、これはおけいさんにお会いすれば判るのだが、おけいさんには廻りの人間達をそうさせる不思議なパワーがあると思う。実はそれに気づいていないのはおけいさんだけかも知れないが・・

そして,その年の12月13日には初のまる六の日が"ぼくらの5年"として開催されている。その意味ではこの2005年が今に繋がるおけいさんとしての本格的な活動開始の年だったのかも知れない。

OK's SQUAREのすばらしさは、こうしたLIVEレポが掲載されるところにある。その温もりの伝わるレポはLIVEに参加できない身にとってはとてもありがたいものだ。と同時に参加できない身がことの他つらくなるものでもある。
何しろ28年前を含め、田舎に所在する身としては生の六文銭はおろか、まる六、おけいさんを生で拝見することはなかったので・・
そして、いろいろな偶然と幸運の果てについに2006年の10月27日に生まれて初めての生まる六を体験することができるのだが、実はこのことだけで一遍の日記になってしまうので、ここでは割愛するが、一般論としていくら大好きなものでも、実際に体験、会ってしまうと期待の大きさの分だけ、そのギャップにある面冷静さを取り戻すのであるけれど、まる六、ことさらおけいさんについては、どうしてこんな人が"ゲイノウカイ"にいられたのだろうかと不思議に思えるほど、想像を越えたすばらしい人であった。この辺りについては、何度も書いてはいるし、何より今に続く私自身の思い入れの原点みたいなものだからあえて説明不要かも知れない。

OK's SQUAREの3周年を受けて、おけいさんのことを今一度振り返ってみた。
今後もおけいさんの公認応援サイトとしてますます拡大していくと思うけれど、実はおけいさんの魅力に取り付かれた人々による自分自身の人生、生き様を確認するサイトのように思える。

私自身、おけいさんのお陰で72年に立ち止まったままだった少年時代の私を、少しづつでも再び歩み出すきっかけができたように思う。現実の、実はこちらが幻であるのかも知れないが、時間は無情にもすでに半世紀以上も過ぎ去ってしまい、と同時に大きな物、大切なものを失いながら。
でも、それはこんな風に大人になることを望んでいなかったもうひとりの自分がいることを感じながらすぎて行った時間でもあった。人生をやり直せるなんてことはないけれど、そうでない自分がいること、いたことを確認できる場があるということはどんなにすばらしいことか。

多分、おけいさん自身も今、歌を歌いながら何かを探し求めてみえるような気がする。我々ファンはそんなおけいさんを見守りながら、実は自分自身を見つける旅、時空の旅を続けているように思えてならない。
そんな意味でも、おけいさん、そしてそれを伝えてくれるOK's SQUAREは、かけがいのないこころのタイムトンネルなのだ。

また、テレビドラマのタイムトンネルはアリゾナの砂漠、地下800階にある未完成でどの時代に行くかも判らないタイムマシンだけれど、おけいさんがナビゲートしてくれるこころのタイムトンネル=OK's SQUAREは、大人になりきれない少年の心のままの私を今日も笑顔で迎えてくれる。

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※惜しい123457件目のアクセス。でもまもなく13万アクセスとなる。


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コメント

Uさん!

見てくれてなかったの?ショックだな!嘘です。
改めて3周年おめでとうございます。
でもね、もう何十年もあの場所にいる錯覚があるんです。
こちらこそ、よろしくお願いします。

投稿: たくみ | 2008-09-01 11時45分

たくみさん!!
こんな素晴らしい日記書いていてくれたんですね~
気が付きませんでした・・・
(^^ゞ
ありがとうございます
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 「U」 | 2008-09-01 10時10分

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