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2008-08-17

愛の傾向と対策って

Ak11970年代にあった変わった本だった。
あの?松岡正剛さんが工作舎という出版社まで作って創刊した本だった。
多分、比叡おろしの作者であるという知識とまだイグアナ芸などで知る人ぞ知るっていう存在だったタモリとの本っていうことで購入したと記憶がある。

余談だけど初期の頃のタモリは4ヶ国対抗麻雀とか牧師ネタなんかがとにかくシュールで面白かった。秀逸なのは確か、第1回の24時間テレビの深夜枠(鶴瓶なんかと違って本当に深夜っていう感じのプログラムだった)で同郷の小松政男との木工場ギャグはとにかく抱腹絶倒のおかしさだった。

さて、その本とはしゃべる本プラネタリーブックス"遊"と言う。
その16号ということで、全編松岡正剛とタモリの対談?集になっている。
表紙には"ケセマタ問答に笑気をよぶ 存在と精神のための遊学テキスト"とあり、タイトルとして"タモリvs松岡正剛 愛の傾向と対策"と記載されている150ページの本である。

実はこの本、先日亡くなられた赤塚不二夫さんとのやりとりも記載されており、そのおかしさをもう一度確認したくて家中を探しまくっていてようやく見つけたものであった。

今久しぶりに手にしてみると、コート紙の立派?な表紙とは別に写真が巻末に2枚だけある文庫本みたいな貧弱なモノクロ印刷。この体裁で1980年に800円という価格は結構高価だったような気がする。確か雑誌とは言えCGでも500円程度じゃなかったかなあ・・。

さてさてその内容だけど、何しろ二人の会話を本にしたものだから、省略が難しい。少し多めの引用だけどお許し頂きたい。

"第3談 ケセマタ実践指南 葬儀で遺体に見つめられたゲンシュクなるおかしさ"からの引用である。

"タモリー葬式もおもしろいですよ。葬式はボクも大失敗してしまったんですけれど。

セイゴウーホウ。

タモリー赤塚不二夫さんのお父さんが亡くなったんですよね。で12時過ぎまで仕事があった日で、訃報を聞いて夜出ていった。彼の家は1階が応接間で2階が仕事部屋、三階が住居になっている。で、まず3階に上がっていって、仲間うちが集まっているから、急にしおらしく入っていくのもなんだし、こういう商売してると「どうも、アアどうも!」って入ってっちゃうんですよ。(笑)
 で、みんな落ちこんでるでもなく、遠慮しつつも盛り上がってる。で、ひとり根の暗いヤツが一座のなかにいて、で、オレのほう向いて「祭壇が下にあるから、ちょっと御線香をあげてこい」「あっ、下にあるのか」って、そのままスーと下へ降りていくと泣いてる人がいるわけですよ。そりゃヤッパいるでしょうけれど(笑)りっぱな祭壇で、こんな雰囲気のところでは、ちゃんとシュンとする人なんだなァとおもわれようか(笑)と考えたりして。「どうもこのたびは・・・」っておくやみを言って、ちょっと顔を下に向けてふし目がちにしたり。(笑)でも、それでもまだ足りないんじゃないかって気がして、最後に祭壇のとこにフトンがかかってるのを・・・、ふつうそこにそうなってれば、遺体が置いてあるもんだと思いますよね。ところがそのときは、亡くなったお父さんのお姉さんがお別れだというんで、一晩だけいっしょに寝たいので、祭壇の前にフトン引いて寝てたわけなんです。それをこっちはてっきり遺体だとおもって、ここで顔見て涙流せば、みんな「アア・・・」って感動するんじゃないかって。(笑)で、「このたびは・・・」とか言って、「アア・・・」って感じで祭壇の写真見ながらス—ッとフトンをはいでいくと、キタネェババァがいるんですよ。(笑)ナンヤン、なんだろうなァ、アレお母さんが死んだのだろうかなァ・・・、と。いや、お母さんはとっくの昔に死んでるはずで、おかしいとおもって見てると、向こうもフトンはがされて急に明るくなったんで薄目をあけながらジーッと見てるわけですよ、ボクのこと。(笑)で不二夫が降りてきてね、ボクのことトントンってたたくんです。「ウン」しかたないから、またきれいにこうフトンを着せてね。(笑)
 失敗したなァ、あれ一度、友だちなんかの失敗談ばかり集めて映画撮ろうって話もあった。葬式に参列した友だちがお焼香の番になって立ち上がったけど、足がしびれて前に出ない。しょうがないんで、横でお経をあげていた坊主の頭ごしに・・・。(笑)なかには、葬式の後に仲人をやるヤツがいてね。仲人の祝辞を間違えて弔辞を読み始めてね、(笑)それを続けて読むわけにもいかず、どうやってツジツマ合わせようかってんで「菊薫るよき日にああなんということか・・・」、(笑)「結婚は人生の墓場とも申します。焼いているうちが花、焼かれるとタダの骨」。(爆笑)
 それから葬儀のとき、柩に遺体を入れて板を釘で打つでしょう。その釘がフニューとまがったり、取れなくなっちゃりとか、長い階段で柩を運び出すとき、前のヤツがおもわずつまずいて、転んだとき、柩がダーンと前の道路に出ちゃって、飛び出た遺体をクルマが轢いたりして、それを見てたヤツが110番なんかして、(笑)救急車に乗っけられてまたもとの家にもどったりして・・・。(爆笑)

セイゴウーハハハハー。もう続けられない、コレハ。"

Ak2
以上約1ページ半ほどの引用だが、全編松岡さんがタモリに聞くスタンスで構成されている。遊自体が得体の知れぬ本なので、内容についてもどうこう言うものではないが、先日の赤塚さんの葬儀でタモリの弔辞がいろいろ話題を呼んでいたのでここにご紹介した次第。

愛の傾向と対策。そのパクリタイトル自体もあの時代の名残のような気がした。

最後に読み直してみて、おかしな記述に気がついた。
ご存知のように松岡正剛さんは一時期六文銭とかかわっている。それに関する記載がいや〜どうなのっていう内容だった。
六文銭のネーミングは小林雄二さんが月と六ペンスが好きで、たまたま歩いていた時に見た看板からイマジネーションして"六文銭"という名前にしたというのが定説だけど、この本の中で、

セイゴウーいま,ハナモゲラとかあらゆることを発明しているエネルギー源として、スウィングした音だけのすごさはもちろんのこと、なにかあのジャジーな言語感覚というか、おもわず身体の中央からほとばしる言語に対して、ひじょうな共感があったのではないかという気がする。ボクはあった。ただボクは小室等なんかに引っぱりだされてフォークをやった。「六文銭」なんて名前をつけてあげたりね。

タモリーああ、あれは松岡さんですか。

え〜っていう話。どうも大文化人の松岡正剛は自分を尊大に思うのかしら・・って急に私の中では評価が下がってしまったのだけど。
30年振りに読み直した本で、意外なものを見つけてしまった心境である。と同時に当時はそれが真実だと思っていたのかと思うと・・・。


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