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2008-09-14

おけいさんらしさ・・歌うこと恵比寿駅前バーにて

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いんちき預言者のジュセリーノをあざ笑うかのように、何もなく出発した新幹線で東京に向かった。しかし、静岡付近では土砂降りの雨、おいおい今日は傘持ってないんだから頼むよ!幸い小田原辺りでは雨が消え、品川上空には十五夜前の月が輝いていた。

恵比寿でついつい動く歩道に乗ってしまい、着いた先がアメリカ橋。だから田舎者は困るんだよね。慌てて西口側に急いだ。今日の会場は私は初めてだけど、おけいさんとしてはこへさんとのジョイントについで2回目。駅に近いんだけど、いろいろ訳ありの場所なので判りにくいビルの3Fにある。こじんまりとした会場には見慣れた方々が開演を待っておられた。・・ここまではいつもの前書、今回はいつにも増して?小難しい内容になってしまうかも。

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今日のテーマはおけいさんらしさ。28年の眠りから醒め、歌う楽しさを改めて感じたおけいさんは、まる六の一員として、そして一人のボーカリストとして新しい歩みを始めた訳だけど、そのことの意味って一体なんだろう?
ご批判的な方からは、"意味なんて関係ない、楽しければいいんだ"とお叱りを受けるだろう。ごもっともである。何も屁理屈を並び立てるつもりはない。このこと、言い換えれば我々はおけいさんの歌に何を求め、何も見ているのかを考えてみたくなったということだ。

歌を楽しむ方法はいろいろある。最近すっかり減ってしまった歌番組、ランキングとPVだけを延々と流すだけの音楽専門チャンネルもある、CD自体も売れなくなって携帯やPCでのダウンロードが増々幅を効かす時代である。ただそれは音楽をザッピング感覚で、1曲まるごと楽しむというよりおいしいパートだけで十分なことを意味する。更に言えば、そのパートをこしらえることに腐心するあまり再現性のない(つまりライブでも口パクみたいな)ものでもOKとなると、果たしてこれを音楽と呼んでいいものか疑問がないわけではない。

その点で言えば、おけいさんの音楽は今はLIVEのみ、そう生身のおけいさんの声がそこにある。何の作り物もない、生のギターと透明感を増す声だけで表現されるそれは、今の時代には逆に極めて贅沢なパフォーマンスだと思う。

実はまる六がCDを出すにあたって、その意味を考えたことがある。LIVEでこそ伝わる何かを、あえて無機質な銀盤に閉じ込める意味はあるのかということを。その答として選択されたのは、LIVE盤でないだけで、LIVE感そのものを現代では異質な手法で記録すると言うものだった。確かにその日、その瞬間を記録したCDではあるけれど、そのすばらしさが変わるものではないものの、その後に行われるLIVEでは、当然とも言えるが明らかにCDから進化したパフォーマンスを感じることができる。

ある方が六文銭(=まる六)の本質として、自分達がやりたいものをすることだとおっしゃったが、その事には何の異論もない。私の言葉足らずが原因ではあるけれど、だからこそのCD化の意味のつもりだったが。
つまり、能力のないアーティストがLIVEではCD以下のパフォーマンスしか、そう顔見せ以外然したる意味がないLIVEであるのに対し、まる六、そして当然のことながらおけいさんのLIVEはCD以上の価値がある極めて贅沢な、我々ファンにとっては至福のパフォーマンスであることを認識したいと思った次第である。

少し主題がそれてしまったけれど、では、おけいさんは何故歌うのだろうか?
さすがにそんなことご本人にお聞きするわけにもいかないので、推測するしかないのだが、36年前の六文銭時代、楽しく歌っていたのは確かだけれどグループの一員として、小室さんなりこへさんという機関車についていく客車として歌われていたのだと思う。只でさえ前へ前へという方ではなかった。まる六においてもその意味合いはあるものの、ハーモニーのトライアングルの一角としての自覚、そしてこへさん、小室さんの期待度の違いもあるのだと思う。それでも、まる六におけるおけいさんは、末っ子の趣を残してみえる。これは誤解されるかも知れないが決して甘えているということではなく、おけいさんの小室さんやこへさんに対する尊敬、信頼に対するスタンスなのだと思う。

その意味では2005年からソロとしてのおけいさんについては、まる六として歌うこととは根本的に意識の違いがあると思う。何より、36年前にはなかったことだし、まる六というベースキャンプからあえて飛び出しての活動についてはそれなりの想いというものが感じられる。
更にその想いが確固たるものになるには、もうひとつの大きな要素があったと思う。ソロとはいいながらこへさんや常富さんのサポートで活動している時はどこか借り物のソロという印象がある(無論、ジョイントとは違う意味で)。

それはやはり木村香真良さんとの出会いにあるように思う。実はこの出会いも運命的なものでおけいさんが六文銭から離れた1972年に香真良さんは生まれた、おけいさん二十歳の年である。その後、28年振りに歌い始めたおけいさんがソロとしての活動を本格的に始めた2005年に香真良さんとの出会いがあるのだが、それは小室さんの愛娘ゆいさんの紹介によるものだった。そして、そもそもおけいさんが六文銭に参加するきっかけとなったのは、当時のメンバーであった小室さんの奥様のり子さんがゆいさんの出産のために六文銭を離れたことによるのだから、一見すべてが繋がっているように見える時の流れが実は28年の空白を繋いでのものだから、神様の粋な計らいなのかも知れない・・・。

香真良さんとのコンビになってはじめて、おけいさんは初めて自ら前に一歩出るようになったのだと思う。それまでは見えないけれど意識の奥には小室さんこへさんという大きな支えがあった。支えるのが香真良さんになったことでソロとして歌う喜び、楽しさを自らのものにされた。決して香真良さんに頼れないという意味でなく、小室さんやこへさんがいることで、本来持ってみえる負けん気や無意識の内に隠されていた本来の想いが現れてきたという方が近いのだろう。正に隠れていた才能と共に聴く者にも伝わってくる強い意志を。。

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ソロのおけいさんは、とにかく楽しそうに歌われる。思いどおりに歌えない時にはおもいっきり悔しがる。そして何より、ご自分の為に歌われていることを強く感じる。それは自分勝手ということでなく、そんな風に歌える喜びの場を用意してくれるオーディエンスへの感謝の気持ちを伝えながら。
お金の為に歌うのでも、喝采を浴びるために歌うのでもなく、歌うことが楽しくてしようがない少女のような喜びが伝わってくる。
おけいさんらしさの源泉のように。そして我々ファン、オーディエンスはそんなおけいさんを感じられることがとにかく嬉しい。好きなことを喜々として歌う、音楽の原点のような喜びをおけいさん自身が感じられることに、個々の人生では想いどおりに行かない現実を当たり前に受け入れてしまっている自分自身にもう一度、希望と勇気を取り戻すためにも、そんなおけいさんがおけいさんらしく歌い続ける姿を応援していかなければならない。これこそ、おけいさんのためであると同時に自分自身のためにもと・・

そんな想いにさせてくれるおけいさんの歌を、そして定められた運命のようにそのパフォーマンスを高め続けていく香真良さんとのコンビネーションのすばらしさを、本当はもっと多くの人に伝えたいと思うのは私だけだろうか?
それを必要としているのは、昔のフォークソングファンだけでは決してないと思う。しかしそれ以外のオーディエンスのイメージに闇雲に擦り寄ることで実現できるものではなく、まさにおけいさんの、無論、今後更に進化するであろうおけいさんのおけいさんらしいパフォーマンスによってのみ、その価値観が伝わると思うのだが・・。

土曜日の夜、集まったオーディエンスを前に、いつもと同じように楽しく歌い続けるおけいさんの姿を追いながら、そんなことを考えていた。
おけいさんをおけいさんらしく、その素晴らしさを必要としているすべての人達に伝えるすべに想いをはせながら。

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そして恵比寿駅前バーでは、香真良さんのステキなギターでおけいさんの素敵なLIVEがいつものように行われた。

この後、おけいさんはいつも"昔は会場を次から次に移動するだけで、ファンの方と話をすることもなかった。でも今は時間があれば終わった後に一緒にお酒を飲みながらお話できることがとてもうれしい"とおっしゃる。そう、我々の歌姫は人生を単に重ねただけではない、人としてのやさしさ、すばらしさを歌以外にも伝えてくる方なのである。

テッペンをとっくに回った時間に、会場を後にしたその日は、中秋の名月の日になっていた。空には、今後のおけいさんを見守るように、太陽のように輝くお月様が輝いていた。

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たくみのまる六&おけいさんLIVEレポート」カテゴリの記事

コメント

シゲルさん

失礼しました。10月のその場には当然私もいたのですが、
多分、お顔を見ればわかると思います。
パーソナルベストについては若干の相違(笑)はあるみたいですが、よろしく御願いいたします。

投稿: たくみ | 2008-09-29 18時00分

KNOBは昨年10月のソロライブでおじゃましました。
いいお店ですよね。前後に青木まり子さんのライブにも行ってますよ。22日は都合悪いので参加できませんので次は11月のSQYAREになります。

たくみさんは小室さんフリークなんですね。私は拓郎なんです。
1昨年のつま恋にも参加しました。
ただ、ここ2年のおけいさん関連ライブに参加してフォークの原点に触れたというか、癒しの空間ですよね。恒平さんの声(夏二人で・ガラスの言葉は大好き)や常富さんのギターは良いですね~!!
ユニットとしては「猫文銭」がベストになりますね。

投稿: シゲル | 2008-09-29 16時21分

シゲルさん

勝手言って申し訳ありませんでした。
改めてありがとうございます。
おけいさんの勝手な応援団なので、決して過去を懐かしむのではなく、今生きている、楽しく歌っているおけいさんを応援したいと思っています。
ですから、”春の~”もソロで歌うおけいさんにシンパシーを感じる次第です。もともと六文銭フリーク、ということは小室さんフリークなのですが、30数年ぶりに生で出会ったおけいさんに、歌い手以前に人としての魅力に心酔してしまったという感じです。
恵比寿にもおいでだったのですね?次はSQUAREですか?もしお時間があればKNOBにおいでになってはいかがですか?平日の夜ですが、とても贅沢な空間だと思います。

ではどこかの会場で。

投稿: たくみ | 2008-09-29 12時49分

あらためて初めましてです。
フライングして失礼しました。

私のおけいさん歴はライブに限れば18年10月の猫文銭(ペニーレイン)からになります。活動している事は知っていたのですがきっかけは何気なくアクセスした「OK‘s SQUARE」からでした。
フォーク好きの友人と参加し、なんとオープニングが私のベスト1の「春の風が吹いていたら」だったので、すんなり「おけいさんワールド」に入り込んでしまった次第です。
四角佳子さんの存在を知ったのはS47年~中学1年でした。フォークソングに惹かれたのもその頃。当時の書物は今でもあります
が素敵な女性だな~と思ったものです。
30年以上経って、今のような形でお会いしたり、話したり出来るとはまさに夢のようですね。

たくみさん、これからもよろしくお願いいたします。


投稿: シゲル | 2008-09-29 11時17分

とりとんさん

おいで頂きましてありがとうございます。
倉敷では、最後のチボリで最初の4人のまる六となりますね!?
残念ながら平日なのでお伺いすることができませんが、いろんな趣向もあるそうなので楽しんでください(^O^)/

ソロのおけいさんは岡山は6月に行かれたはずでしたね?こへさん同様にまる六とは違う世界観があります。

機会があれば是非。ではまた

投稿: たくみ | 2008-09-16 07時29分

初めまして。岡山のとりとんと申します。
35年前の伝説の「神田共立講堂」のコンサートでおけいさんに出会いファンになりました。昨年末のX'masイヴの夜笠岡{萌}さんでこへさんとの「まる六」ライヴで再会し感激しました。
昨夜は、こへさんの一人ライヴ{@萌}があり、ガラスの言葉を歌われ、こへさんの世界にどっぷりと浸かって参りました。笑
来週24-25日には、年末で閉園される倉敷チボリ公園のNEW「まる六」さんのライヴがあります。
大好きなチボリ最後の思い出のライヴになります。
おけいさんとの再会を愉しみにしています。

投稿: とりとん | 2008-09-15 22時28分

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