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2011-03-26

響かない言葉 こころのない姿

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何故だろう、第二次世界大戦の戦後以上の国難だというのに、この国のリーダーの言葉が心に響かない。
菅直人という一政治家の資質の問題もあるのだろうが、ではそれ以外の政治家でこの時期にうちひしがれた被災者に希望を与えられる者がいるのかと言えば皆無であることも同じように悲しい事実である。

同じように霞ヶ関や東京に陣取るメディアから発せられる情報についても、さすがの日本人の多くも真実を語っていないことにようやく気づき始めている。

震災より原発、それらの直接被害より、自らが被る停電や僅かな放射能汚染が大事な首都圏の住人が多いのも事実である。
本当に人体に影響ないのなら、被災者の復興に直接寄与するであろう被災エリア発の農作物や元乳をなぜ拒否するのだろう。菅直人よ、こんな時こそ野菜を食べ牛乳を飲むパフォーマンスを見せる時だろう。
本当に物資を必要としているエリアに入るのを拒否する物流って何なのだろう。
コンビニと言いながら風評エリア内で1店も営業しない(オーナーが被災しているのならそんな時こそ支援するのがフランチャズ本部の責任なのに)コンビニエンスチェーンって存在価値があるのだろうか?
被災者の悲劇を摘んで視聴率稼ぎや偽善者ぶる番組を作ろうとするテレビ局は東北地方が真に復興するまで支援する覚悟が本当にあるのか?
今必要なのは今日の涙を拭うハンカチだけではなく、10年単位で未来を見据える支援システムの構築ではないのか?
金の価値でしか復興が語れない経済界や義援金をシステム不調の原因に語る金融家、戦後この国を創ってきたのはこんな奴らだったのだろうか?
否、そんな奴らのためとは思わず家族のため、地域のためと汗を流したひとりひとりの市民がいたからではないのか?(復興のためと言われ高濃度の放射線被爆をするのもこうした下請,孫請の社員達のように)

原発さえも、安全を経済性との天秤に掛けられた結果でしかない。想定外の地震を免罪符にする前に安全性の評価が本当に経済性より優先されていたのか?その上での想定外なら,初めて許されるのだけど・・・

3/11後、この国に溢れる響かない言葉とこころのない姿。

それに反比例する形で、世界から伝えられる賞賛と驚嘆の多くが震災にも怯まない市民としての日本人の姿であることが、真の復興への力となるように思う。

東北エイド。少なくとも今後10年は生きるためのキーワードにしたい。


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