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2011-06-10

あれから3年。トップセールス 崩壊する販売店ビジネスモデル part2

前回は・・こちらで。

しかし、随分と時間の流れは早いもので、このテーマでパート1を書いてからもう3年も経ってしまった。しかもこの3年間に起きたことは、三菱、日産による商品としてのEVの発売、未曾有のエコカー減税による販売増そしてそれを嘲るような需要の落ち込み(当たり前と言えば当たり前だが)そして3.11である。瑣末なことで言えばこの記事のきっかけでもあった林文子さんは東京日産の社長を1期でやめ、いまや横浜市長である・・・。
はたしてこれらの事態は販売店のビジネスモデルにいかなる影響を与えたのか?(林さんの件はある意味予想どおりで何の影響もなかったが)
まずは順を追って検証していこう。

第1章 EVに賭けた日産の戦略
三菱のi-mievはその生産販売規模から考えてひとまず置いておくとして、日産がなぜHVを飛び越してEV戦略に舵を切ったのか。この辺りの分析には諸説あると思うが、すでにHVで大幅なアドバンテージを持つトヨタ、それに遅れまいとついていくホンダを前に、追随することの勝算は誰が考えても低いと言わざるを得なかった。

また(少なくとも)見かけ上の業績回復を図った日産ではあったが経営原資をHVをはじめ多方面に展開するほどの余裕があるわけでなく、限られた原資を成功に(少なくとも先駆者利益につながるだけの)結びつく先としてEVを定めたことは決して不思議ではなかった。

しかもピラミッド型産業といわれる自動車産業にとって頂点であるクルマの成り立ちが大転換するということは多大な影響がその傘下の企業に波及するのだが、ゴーン改革の過程で所謂“ケーレツ“の大半を崩壊させた日産にとってEV化を図ることに対する社外の抵抗も少ないという要因もあったのは言うまでもない。

つまり、EV化とは自動車産業そのものを根底からひっくり返す可能性があることを考えなくてはならない。その意味でケーレツ化を更にすすめたトヨタがEV化に舵を大きく切ることは考えられない、トヨタができないことだから余計日産は原資を集中しやすかったとも言える。

では、そもそも19~20世紀の寵児となった“自動車”とはいかなるものか?
つまるところ化石燃料を燃焼させることによってエネルギーを得る内燃機関を動力として動くものと定義できる。つまりエンジンこそ及びそのエンジンを動力として制御する変速機こそ自動車そのものといえなくはない。その意味ではエンジンもトランスミッションももたないEVはもはや自動車とは呼べない。否、だったらHVも同じだろうって思われるかも知れないが、今トヨタやホンダが展開するHVは電池式補助動力付自動車であり、あくまで自動車の亜流である。

また年末に発売が予想されるPHV(プラグインHV)も通常電源で充電できるという点はEVに近いが純粋にEVとして走ることができるのはせいぜい数10Kで基本的にはガソリンエンジンが主役であることに違いないし、VOLTのようにレンジエクステンダー式 を歌うPHV(後にエンジン動力を駆動用にも利用しているとのことで通常のHVと認定されたようだが)は大分類ではEVともいえるが、プリウスのそれは基本的にはHV=電池を積んだ自動車である。

しかし、このEVとPHVとの違いが判らないとこの後の展開がわかりにくいので、少し紙面を割いてその分類を説明しよう。

誤解を恐れず言えば、EVよりPHV、HVの方が遥かに複雑な機構であり、常識的に考えればコストも高くつく。いやEVの方が遥かに高価だと言われそうだが、それはEVが高いのではなく電池(リチウムイオン電池)が高いのだ。因みに補助金抜きで約400万のリーフの車両価格の内、約200万が電池代といわれる。つまりEVは電池が走っているともいえるし、電池が量産化され価格が下がればコストが大幅に下がることは断言できる。

ではHVがなぜ高コストなのかと言えば、それは出力コントロールの複雑さにある。EVはモーターの回転制御で出力コントロールは一元管理できるが、HVは若干の方式の違いがあるとは言えエンジン→トランスミッションとつたわる動力の間にモーターがありその出力の出し入れ制御が必要になってくる。つまり通常の自動車に電池+モーターの機構がアドオンされたことにより、それを制御する機構も新たに必要になるという点で高コストにならざるを得ない。

これに対しEVはエンジン→トランスミッションを電池+モーターに置き換えることになるので当然のようにコストは相殺され低下できるということだ。 

その意味でもEVは自動車とは違うということを少しはご理解いただけただろうか?

因みに余談ながら個人的な考えで言えば、若干上記の記述と矛盾するが、将来圧倒的なエネルギー密度の電池及びソーラー等走行中でも十分な充電機能が図れる技術、更には誘導充電ということで非接触(たとえば充電式歯ブラシのように)道路内充電装置が埋め込まれて走行中でも充電できる機構ができれば(いずれも夢物語でなく技術的には可能なものが多いが)話は別だが、現状リーフでもエアコン無で航続200kmというのは今すぐに“自動車”に置き換わるというのは現実的ではない。

その意味での近々の切札はレンジエクステンダー式 EVだと思う。具体的には発電機を搭載したEVで発電機があるので高価な電池を沢山積む必要はない=軽量化+低価格化が可能、システム自体はEVなのでシンプル=低コスト、問題なのは発電機で現実的にはガソリンエンジン式の発電機を使うのであれば今すぐ対応可能だ。

ちょっと待て、それじゃEVにする意味がないじゃないかと言われそうだが、確かにそれは否定しないが発電機自体はディーゼル発電機でもよく、何ならアルコール燃料でもいい。駆動力としてエンジンを使うわけではないので、走行状態に関係なく発電に適した一定の負荷での回転でいいと言う意味では、燃費自体も大幅に向上する可能性もある。何よりEVの弱点である暖房用のエアコンとかヘッドライト等動力以外の電力を発電機側に担当させることができればトータルとしてのエネルギーコントロールの質が大幅に向上することは間違いない。
所謂チョイ乗圏内20Km程度走れる電池容量であれば、排ガスが出るエンジンを使用する走行は週に1,2度に出来るはずだ。しかも日本には軽自動車という世界に類を見ない高効率の小型エンジンを開発する技術があるではないか? 
例えば日本中のクラウンが660ccの軽のエンジンに置き換わるだけでどれだけエネルギーコスト+排出ガスが低下するのか。しかも3.11のような大震災があった時は街中に小型発電機が溢れていると言うのはクライシス管理上も極めて有効ではないかと考えるが如何に。

因みに前回2009年の東京モーターショーでスズキはこのレンジエクステンダー式 EVをさりげなく発表している。数年以内の発売を目指したものでスイフトベース(1300cc車)に軽自動車用のエンジンを搭載して約140万ほどで発売したいと歌っていた。
詳しくはこちらで。

さて話を戻して、EVはある意味クルマではない訳で、EV化が推進されるとピラミッド型の産業構造が大幅に影響を受ける=自動車の重要部品であるエンジン+トランスミッションはピラミッド型の中心構造でもある。その意味でトヨタやホンダはEVに大きく舵を切ることは許されない状況に、少なくとも日産より、あると言える。

その意味でも日産がEVの先駆者になろうとするのは理解しやすいのではないか?
現に世界的にも今後EVのインフラ整備についてはEVを最初に実用化した日産の方式が採用される可能性が極めて高い。例えば日産はリーフの発売に合わせ全国の日産ディーラーに200Vの通常充電機を整備、一部拠点には急速充電装置を設置した。今後他社から発売されるEVについても充電方式についてはこの方式が踏襲されるだろうし、駐車場等への設置に当たってもリーフに充電できるか否かが設置基準になるのは当然だろう。

少し説明すれば充電が必須のリーフにとってどこで充電できるか、今充電可能か否かは死活問題である。こうした情報はスマートフォン等を介して走行中の車両でも入手できる必要があり、こうしたITインフラもまた、今後のEVは相互乗り入れのためにシステムを踏襲することになると思われる。

さて、この日産のEV戦略が販売店にもたらす影響だが、一義的には全国の販売店ネットワークが同時に充電ネットワークとなった時点でそのスケールメリットが活かされたことになる。今後の修理点検についても、EVが一般化されるまでは街の修理専業者との差別化が図れるという意味でメリットは高い。意外かも知れないが自動車販売店の高収益を支えているのはサービス部門であるのだ。
基本的には自社製品であれば専業社よりも安価に部品も入り、修理情報についても確実に入手できる。その分他社物へのアドバンテージはないが、シンプルになるであろうEVの機構について日産方式が基本になれば、その分野に限れば他社製品に対してもアドバンテージは維持できるかも知れない。
しかし何より、自動車販売店の修理における高収益はメーカーの品質保証における保証整備、リコールとなれば、イメージ的には大打撃だが確実に入庫しかつ費用はメーカー持ちなので販売店にとってはありがたい限りではある。

う~ん、書きはじめるとどうも3年分の思いが溜まっていたようで、ついつい横道にそれてしまった。
何やらEV編になってしまったが、本質的な続きは近い機会にエコカー減税の功罪と3.11が明らかにしたものとして2章、3章と一気にお届けしたいと思う。
こちらは夏までには必ずということで、次回に。


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