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2011-10-10

99%デモそしてジョブスの死

最近、気になる事。

アメリカで始まった99%市民革命。
何故か日本でのメディアの扱いが中途半端に感じる。
あれだけ大騒ぎしたアラブの春と同次元、否それ以上のインパクトがある動きなのに、日本の原発反対デモのようにことさら矮小化して広がらないようにしているとしか思えないのは私だけだろうか?

何しろ、自分達が起こした金融資本主義をその聖地?でもあるウォール街で否定するデモなのだから。しかもそれは動員されたものではなく、多くの市民の心に奥底にあった"シアワセ”と余に乖離したこの時代への不安=不満が初めて力になろうとするものだから。
しかし,正直なところようやくその過ちに気がついたのかとも思うけれど。

そもそも新自由主義=小泉が猿真似したものだが、とは最後のひとりになるまで勝者とその他すべての敗者を生み出すシステムであり、その過程でも格差がどんどん広がることを意味する。それを自己責任という名で葬りそろうとするのがアメリカが世界中にバラまいた思想である。
その根底には永遠に市場拡大と資源があることを前提とした資本主義の矛盾に目を向けることをことさら避けてきた現実がある。

市場があるからと世界中の自動車メーカーが中国やインドへガソリン車を売りまくろうとすることも、資本の論理でしかなく、そこには消費される資源なり、悪化する環境については1%の勝者だけが保護されればよいという選民思想が見え隠れしている。

原発の問題も、拡大再生産を思考する資本主義下での電力不安であり、足下を見据えた世界を考えれば、原発無の世界は十分に現実的である。あくまで効率論での代替エネルギー論議でその進展を阻害しているにすぎないし、何より核廃棄物の処理を後世に先送りにして(何しろ無害化までには10万年以上とも言われる)まで推進するほどの意味があるとは到底思えない。無論、1%の論理ではそれにより得る利益が大事なのだろうが・・。
一旦事故が起きれば自らの家にすら戻れない、コミュニティを崩壊させ、その上、バラバラに避難した生徒で学校自体が機能しなくなった現実を目の当たりにして、それでも原発をという発想の方がはるかに非現実的だし、それをうたう者は最早政治家どころか,人としての神経を持ち合わせていないと思うが如何に。
たかが!?10兆円の復興資金を後世にツケを残さない為とミエをはるどじょう首相には旧自民党内の派閥抗争のような低次元の国会論議(どう見ても同じ穴の狢にしか思えない)で,本当にその痛みを理解しているとは思えない。

そして金で金を増やすことが産業になってしまったアメリカで、物づくり=生産物を世界中に供給している希有な存在のアップル。世界で一番多くのコンピュータを作っているメーカーである(無論生産しているのはアメリカ国内ではないけれど)。いやいやウィンドウズだろうと思われるが、OSとしてはそうだけどハードとしてのPCは世界中のメーカーが別々に作っている。しかしアップルはマックOSを使うPCはすべて自社製であり、ましてやiphoneやiPodもPCみたいなものだとすれば、誰が何といってもアップルが世界一のPCメーカーだといえる。
そんなアップルの創始者であり、かつ精神的な支柱であったスティーブジョブスが長年の闘病生活についに負けてしまった。膵臓がんはやはり不治の病だったのか?
アップルの製品は、それぞれがジョブスそのものだったが、そのジョブス亡き後もアップルであり続けることは可能なのだろうか?

99%市民革命とアップル=ジョブスの死は
効率的であることがすべてに優先するこの世界において蔑ろにされてきたもの、あるいは手段が目的よりも優先されてしまっているこの時代が忘れてしまっていたものを考え直すきっかけにしなくてはならないと思う。

PCは人間らしく生活するための道具であり,手段であるべきだと作られているのがマックなら、ウィンドウズPCは如何に仕事を効率的に行うかしか考えられていない。PCに合わせて使う人間が慣れることを強制するウィンドウズPCには1%の利益のために単なる駒として働かされているようにしか思えない。

市民革命的としての99%デモそしてジョブスの死が
そんなきっかけになれば、まだまだこの世界にも未来があるのかも知れないが。

<99%の意味について 10/7付西日本新聞より>
ウォール街デモ 市場主義の暴走への抗議

 ニューヨークのウォール街と言えば、米国の銀行や証券会社などが立ち並ぶ世界経済の中心地である。そこで9月中旬、若者らが「ウォール街を占拠せよ」というスローガンを掲げるデモと集会が始まり、現在も勢いを増す一方だ。

 デモ参加者が訴えるのは、米国で広がる貧富の格差と高い失業率への不満だ。金融機関を「富の不当な集中の象徴」と位置付け、抗議の的にしている。

 参加者は近くの公園を拠点として、金融街に向けて行進したり、ゾンビに扮装(ふんそう)して金融機関の強欲さを表現するなど、多彩な抗議活動を繰り広げている。

 米国はリーマン・ショック後の不況から脱することができず、失業率が高止まりするなかで、貧困人口が増大して全米で約4600万人に達する。レーガン政権以降に進んだ各種の公的負担削減で、中・低所得者層に教育費や医療費の負担が重くのしかかり、就職難が追い打ちをかける。世界一の経済大国でありながら「貧困大国」に陥っているのだ。

 米国のノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏は今春発表した論文で「米国人の1%が国全体の所得の20%を受け取り、富の40%を保有している」と指摘し、米国の現状を「1%の1%による1%のための政治」と表現した。

 こうした主張を受け、学費ローンの返済にあえぐ若者、苦しい生活を送る失業者らデモ参加者は「1%の金持ち。99%の貧乏」「われわれは99%だ」などのプラカードを掲げ、怒りをあらわにする。

 抗議の相手は無論、金融機関だけではない。その矛先は、行きすぎた市場原理主義や、弱者を切り捨てる資本主義の暴走に向けられているといっていい。

 デモを最初に呼び掛けたのは、環境など社会問題を主に扱う雑誌の編集長だ。中東でツイッターやフェイスブックによって集まった民衆が社会を変革した「アラブの春」に触発されたという。

 独裁国家で起きた民主化運動が、民主主義の最先進国である米国に飛び火するとは皮肉な現象だ。米国の若者がデモに集まる背景には、オバマ政権も含めた既存の政治勢力への不信もありそうだ。

 このデモは全米の各都市に広がりつつある。統一の目標がないままの拡大に危うさも感じるが、英国で発生した暴動のような無秩序な暴力に走らず、政府や政党との建設的な対話で、状況を改善させる方向に進むことを望みたい。

 日本でも小泉政権時代、米国流の新自由主義に基づいた各種の規制緩和を進めた経緯がある。その後、日本の相対的貧困率は2009年に16%に達し、1985年以降で最悪の水準となった。若者の失業率が悪化し、非正規労働などの苦境に置かれている点も似ている。

 米国の若者らの異議申し立ては、日本にとっても人ごとではない。セーフティーネットの充実はもちろん、格差を解消し矛盾を是正するには何が必要か。社会が真剣に考えるべき重たい課題である。
=2011/10/07付 西日本新聞朝刊


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